アリの行列は渋滞しない
――西成教授が取り組む「渋滞学」とはどのような学問なのでしょうか?
渋滞が起こる原因を調査し、解消に導く学問です。渋滞というと、車の渋滞を思い浮かべる方が多いと思いますが、人の混雑から物流、在庫、工場の生産ラインなど、流れるもの全てが研究対象になり得ます。
――なぜ、渋滞に興味を持ったんですか?
「渋滞学」以前は、水や空気の流れを研究していました。でも、流れの学問自体は古くからあるもので、思いつく疑問は解明しつくされていたんですね。新たな発見のある研究がしたくて悶々としているうちに、30代も半ばに差し掛かろうとしていました。
そんなとき、ドイツのケルン大学に留学し、卒業研究のサポートをする機会に恵まれました。そこで、「アリくん」というあだ名の学生と出会ったんです。ドイツ語で「アーマイズくん」。彼が、アリの交通について研究したいと言い出して、みんなで爆笑したんだけど、「待てよ、面白いかもしれない」と。彼とともに一年間研究し、「アリは渋滞しない」という論文を書いたんですよ。これが米国物理学会が発行する世界トップジャーナル『Physical Review Letters(フィジカルレビューレターズ)』に認められたんです。だってそんな研究、誰も思いつかない。まず、アリが渋滞しているかどうかなんて、誰も関心を持っていなかったんですよ(笑)。
――着眼点の勝利ですね。なぜアリは渋滞しないと気づいたのですか?
一列になって歩くアリをひたすら観察していたら、「さすがのアリさんも混んでくるとイライラするのかな」なんて、いつの間にかアリに感情移入していたんです。でも、さらに観察していると、ある程度混んできても、アリは前に詰めないことに気づいたんです。混んできたら詰めない――もしかして、アリはそれだけで生きているんじゃないかって思ったんです。
――前に詰めないと、どんな効果があるのでしょうか?
詰めないことで、アリとアリの間に空間ができるので、動きが止まらないんです。人間は、混んでくると早く前に行きたいと思って詰めるから、動けなくなるんですよ。
この発見がきっかけで、渋滞解消には車間距離をあけることが大事だと考えるようになりました。車間をあけておけば事故も減ります。アリはすごいことを教えてくれました。
――アリが渋滞しているか否かは、どのようにして判断するのですか?
アリの通行量に注目しました。車道の場合も、混んでくると車が動かなくなりますよね。そうすると、ある特定の区間で見たときに、通過していく車の台数が減ります。アリも、特定の区間の通行量が多いか少ないかで渋滞しているかどうかが判定できると考えたんです。
考え方は、数学の「中間値の定理」と同じです。アリが一匹なら通行量が少ない。逆にありがビターっとくっついていても動かないので通行量は少ない。だから、アリがほとんどいない状態と、ものすごくいる状態は、通行量がほぼゼロなんですよ。
ゼロを起点としてアリが増えていくと、通行量がどんどん上がってきますよね。そして、どこからかまた減少に転じて、ゼロになる。このピークから先、三角形の頂点を下るところからが渋滞だとピンときまして。私の中で、数学とアリがくっついた瞬間ですね。
「働かないアリ」はサボっているわけではない
――アリを観察していて、他にも何か気づいたことはありますか?
列からたまに外れるアリがいるんですね。「働きアリのうち、本当に働いているのは全体の8割で、残りの2割はサボっている」なんて言われますが、サボっているように見えるアリも、実は、新しい巣やエサを探す役割を担っているんですよ。
――大企業の新規事業部みたいですね。
そうなんです。全員が同じ事業をやっていては、それが立ち行かなくなったら終わりです。1割2割、うろうろしている社員がいると、飴が落ちているのを見つけるんですよ。
それから、同じ巣のアリはケンカしないんです。アリは愛に満ち溢れていて、邪なことは考えないんですね。人間も、道路に敵対感が蔓延するとダメなんですよ。譲り合いなんです。
自動運転で渋滞はなくなるのか
――「渋滞のときは車間距離をあけずに詰めたほうがよい」と主張する人もいますね。
「車間距離をあけたほうが良い」と言うと、批判する人もたくさんいるんですよ。実は、「車間距離あけても、割り込まれたら終わりじゃないか」という投書が山のように来ています。
道路にいる全員が、「車間をあけたほうが徳だ」と考えてくれれば渋滞は減らせます。しかし、現実はそうじゃないので割り込まれることは確かにある……それが悩ましかったのですが、なんと、自動運転の時代がくるじゃないですか!
割り込まないようにプログラムしちゃえばいいんです。そうすれば全体の最適化ができるので、渋滞は確実に減りますよ。どう走れば渋滞が減るかは学問的にわかっているので、このぐらいの車間距離のときはこのぐらいの速さとか、ここは隊列走行を組んで交通量を稼いでいるから割り込まないように、といった情報を全てインプットし、AIによる判断に役立てます。自動運転時代は、私にとっても追い風なんです。
――自動運転の研究開発もされているんですか?
大手自動車メーカーと連携して、たくさんやっていますよ。自動運転は、組織の垣根を越えて一緒に取り組むべき課題です。各社が違う規格で自動運転車両を作ったら、車同士が通信しにくくなってしまうでしょう。
自動運転で適切な車間距離を保つ仕組みとは
――自動運転では、どのようにして車間距離を制御するのでしょうか?
電波を使って車両や歩行者を検知する、ミリ波レーダーという技術を活用します。
目の前の車にミリ波レーダーを発し、返ってくる時間で車間距離を算出します。それに応じて、車間距離が詰まらないように速度調整をするわけです。
――自動車メーカーの方にも、アリを用いて説明するんですか?
そうです。アリだけではなく、イワシの群れや渡り鳥などを参考にしている自動車メーカーもありますよ。車を一種の群れとみなし、通信し合いながら最適な動きをすればよいという発想です。
生物は偉大です。群れを成す生物って、言葉を交わさずともあれだけ統制をとってやっているわけですから、何かもっとシンプルな方法があると思っています。自動運転は、システムが複雑化すると通信時間かかってダメなんですよ。可能な限りシンプルなほうがいいんです。
――5Gの時代になって、そのうえシンプルなプログラムが出来上がったら?
異次元の世界に突入ですね。人間は、見て判断して行動するまで0.5秒かかると言われていますが、自動運転でミリ波レーダーとAI技術を活用すると、0.2~0.3秒に短縮できると言われているんですよ。5Gになったら、さらに速く通信できるようになるので、より迅速な判断が可能になります。多くの渋滞や事故は、未然に防げるようになるでしょう。
さらに、昨年、面白い論文が出たんですよ。自動運転だと、前の車から情報をホッピングして受け取ることができるのですが、対向車線の車からホッピングするというアイデアが書かれていました。つまり、対向車線の車から数km先の情報を得られるようになるんですね。感動しました。車同士がコミュニケーションすることで、広い情報を一瞬で手に入れられる。技術の進展によって夢はどんどん膨らんでいきますね。
自動運転にも勝る、究極の渋滞解消法は?
――渋滞が改善した国はあるのでしょうか?
各国がさまざまなアプローチをしているのですが、究極の渋滞解消法は、「休暇分散」なんですよ。実際に、ドイツやフランスでは「休暇分散」が採用されています。「みんなで同時に休んだら、混むに決まってるでしょ」って。わたしも国交省に、関西と関東でGWをずらしましょうと提案したことがありました。結局、当時は非難ごうごうで、実現はしませんでしたが。
――それこそ物流が止まってしまうとか、ネガティブな反応だったことを憶えています。
日本では、「失敗したらどうするんだ」と言われて、私の提案は十中八九潰されていますから(笑)。例えば、オランダは、「やってみてだめだったらそのとき考えよう」というスタンスで、やってから会議するんですよ。日本はやる前に会議して潰すんですよね。この違いは大きい。
――失敗だったとしても、やってからのほうが、議論の材料となるデータが多く手に入りますね。
おっしゃる通り。特に新しい技術に関しては、失敗から学べることのほうが多いですよ。失敗を恐れて動かないことは、死を意味します。
縦割りが、日本のMaaSをダメにする
――今、MaaS(Mobility as a Service)の分野では、多くの企業がしのぎを削っています。西成教授は、現状をどう見ていますか?
このままでは、どの企業も危ないと思います。MaaSは、ある一部を切り取って単体での成功は難しい。公共交通機関や、タクシー、レンタカー、カーシェアリング、物流、ホテル、そして決済の流れ――こういったもの全てを包含するプラットフォームを協力して作っていかないと、個別最適でそれぞれがガラパゴス化し、結局使われないサービスになってしまいます。
MaaSって技術先行に見えますが、それだけじゃダメなんです。カオスマップを織りなす企業に求められるのは、競争と協調をうまく線引きし、協調できるところは積極的に組んでいくことです。
特に、日本の物流業界に対してそう思います。アマゾンは、いまや輸送船や貨物航空機も有しているんですよ。もたもたしていると、アマゾンが全部運びますね。中国のアリババも物流に2兆円近く投資しています。日本企業は二桁少ない。普通に戦って勝てるわけがないです。だったら、まとまるしかないじゃないですか。競っている場合ではない。そこに気づいてほしいんです。
――しかし、ライバル企業が協調するのは難しいですよね。
良い事例があります。味の素、カゴメ、ハウスといった食品会社が「商品は競争、運ぶのは協調」として、共同で物流会社を立ち上げたんです。北海道でも、ビール会社が協力し、JR貨物の同じところに混載して商品を運んでいるんですよ。
「商品や注文の数は競争だけれど、運ぶのはみんな一緒でいいじゃないか」という時代がきたら物流は変わってきますよね。これ、究極のMaaSですよ。Win-Winなんですよね。
――なるほど。企業が垣根を超えて協調するには、どんな工夫が必要でしょうか?
協調によってメリットが生まれるビジネスモデルを考えることです。例えば、外国人が成田空港に着き、移動して、赤坂のホテルに泊まるとします。スマートフォンで最適なルートが提示され、公共交通機関やタクシーの予約、支払まで一度に行えるようにするには、航空会社、公共交通機関、タクシー会社、ホテル会社などざっと見積もってもそれくらいの会社で利益を配分しないといけませんね。みんなが参加して利益を生み続ける仕組みをつくらないと、「国の補助金でMaaS始めました、補助金なくなりました、さようなら」となってしまいます。
学会も変わらないといけません。今の学会は分野ごとの縦割りです。歴史ある学問にも新しい流れを動的に取り入れていかないと、社会に必要な人材は輩出できないですよ。我々はこれから日本をどんな国にしていきたいのか――そんな議論あってのMaaSだと思うんですよね。
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筆者は小学生の頃、夏休みにクロオオアリ、ムネアカオオアリの研究をしていました。野生のアリの巣を掘り起こし、自作の透明な飼育ケースで飼っていました。
アリは非常に社会性のある生き物です。最も驚いたのは、亡くなってしまったアリたちを、食べてしまうでも放置するでもなく、飼育ケースの隅に運び、墓場を作ったことでした。死を悼むという概念があるのかまではわかりませんでしたが、ともに暮らし、働いた仲間の死に特別な感情を抱いているのではないか、どうしてもそう考えてしまう行動でした。
そんなアリの社会性に着目し、渋滞解消や自動運転技術の進展にまで寄与させた西成先生のお話は、ユニークかつ示唆に富んだものでした。しのぎを削る者同士が「競争ではなく協調」することで、より速く、大きな課題に挑めるのです。その一歩を早急に。恐らく、もうあまり時間はありません。