地域活性化におけるMaaSの活用 –地域の交通課題を解決するMaaSの取り組みについて

地域活性化におけるMaaSの活用 –地域の交通課題を解決するMaaSの取り組みについて

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清水 宏之
MaaS & Smart Infrastructureソリューション本部
日本マイクロソフト株式会社

2018年と、早期からMaaSへの取り組みをはじめてこられた日本マイクロソフト株式会社様。現在ではビジネスワーカー、観光、地域とそれぞれに向けたMaaSのプロジェクトを進められています。

本セミナーでは、地域の交通課題を解決するMaaSの取り組みをテーマに、地域活性においてどのようにMaaSを活用すべきか、具体的な事例と成功へのポイントを解説いただきました。

ユーザー中心のアプローチからスタートしたMaaSプロジェクト

はじめまして、マイクロソフトで企業様向けに支援を行っている、インダストリーアドバイザーの清水宏之です。前職の鉄道会社で輸送管理システムの開発を担当していた経験を活かし、現在はおもにMaaSの領域を担当しています。

マイクロソフトがMaaSに取り組み始めたのは2018年からで、MaaSに関しては黎明期とも言える時期でした。はじめに着手したのは、ビジネスワーカー向けのMaaSです。マイクロソフトはoffice 365やPower Platformなど、ビジネス寄りのプロダクトをいくつも有しており、Outlookの予定表で日々のスケジュール管理をされているビジネスワーカーも多くいらっしゃいます。通勤や出張、客先訪問など、ビジネスワーカーとって移動は欠かせないものですので、仕事を効率化するモビリティサービスというアプローチで進めていきました。

具体的には、Outlookの予定表と連携してシェアサービスを予約するシナリオを提案したり、お客様と一緒に作ったりするなどです。ビジネスシーンでは交通以外にも、隙間時間にコワーキングスペースを利用したい、打ち合わせの合間にランチをしたいなど、多様なニーズが考えられますから、周辺のサービスとの連携も合わせて拡大してきました。こうして、働き方改革を推進するMaaSのシナリオの取り組みを行ってきました。そして、マイクロソフトのクラウド技術を活用し、いよいよ観光向け、地域生活者向けのMaaSに取り組んでいこうと動き始めることにしました。

ただ、ビジネスワーカーであれば会社で契約されたOffice 365を利用して仕事の予定管理をできますが、個人が日々の生活の中でoffice 365を利用して予定管理されている方はそう多くありません。そこで人々の生活に根ざしたアプリを提供するLINEさんと提携し、LINEアプリからさまざまなサービスを紐づける仕組みの構築支援の枠組みを作り始めました。

上図はLINEアプリを用いたMaaSの構成イメージです。LINEアプリを入口に、裏側のアプリケーションとそのアプリケーションからサービスを連携する際に、私たちが提供するクラウドで構成できるようにしています。点線で囲った部分は、マイクロソフトがサービスを提供するのではなく、自社サービスを提供する事業者さまにマイクロソフトのクラウド技術で構築していただこうと考えています。

ワーケーションにおけるMaaSの取り組み 長野県千曲市

ここからは具体的な事例をご紹介させていただきます。現在、長野県の千曲市で実施されている、ワーケーションにおけるMaaSの取り組みです。

ワーケーションについては近年、地域経済の活性化につながる施策として、特に観光地を有する地域で着目されるようになりました。関係人口の増加や平日の観光需要を創造し、定住や移住につなげることを目的として、実際に、官民一体でワーケーションを推進しようと、ワーケーション自治体協議会では今年の9月からワーケーション・コレクティブインパクトという8道県でワーケーションを体験するイベントの開催を発表されています。

ワーケーションによる地域活性化のカギは、“いかにしてリピーターを増やしていくか”であると思います。どのようにしてリピーターになってもらうのかという最難関の課題があります。地域が実施するイベントなどで1回お越しになる方が多くいらっしゃいますが、その人が2回目、3回目と持続的に訪れるにはどうすべきかを考えなくてはなりません。一方で、リピーターになってくださった方に対し、継続的に地域がどうやって受け入れていくかも課題になっていると考えます。

この辺りの課題を解決するために、長野県千曲市では非常にユニークな取り組みを始めています。千曲市では、「地域全体をワークスペースにする」ことをワーケーションのテーマに掲げ、温泉街のある棚田やお寺の本堂、観光会館の建屋の一部をコワーキングスペースとして利用できるようにしています。ワーケーションで訪れた方が、地域の魅力的な場所、さまざまな場所で働けるようにしようと取り組みを進めていましたが、地域の中でワークスペースが点在している、公共交通で目的の場所に向かうことができない、自家用車でいらっしゃってもすべてのワークスペースに駐車場が完備されていないなど、幾つもの課題にぶつかりました。路線バスやコミュニティバスはありますが、その路線とコワーキングスペースのポイントが一致しない箇所も少なくはありません。千曲市ではワーケーション体験会を2泊3日のイベント形式で以前は実施されており、その時は事務局の方が車で送り迎えされるのですが、イベント期間を長くしたり回数を増やしたりすると来訪者の送迎ができないため、こうした課題を解決するにはどうすれば良いのか、頭を悩ませていたと言います。

昨秋に私がたまたまワーケーションで千曲市を訪れた際にこの話を伺い、私がMaaSを担当していたことから一緒にワークショップを実施することをご提案し、昨年11月にMaaSのアイデアソン「温泉MaaSアイデアソン」を開催しました。千曲市ワーケーション体験会を開催しているまちづくり会社の方が、ワーケーション来訪者をはじめ、市役所、観光局、地元の鉄道会社、タクシー会社、商工会、温泉街、旅館のオーナー、住民の方などにお声がけしてくれたことで、幅広い方が集まり、日ごろどのような移動の課題があり、それをどのように解決すべきか、ディスカッションをしました。非常に多彩なアイデアが出ましたが、ワーケーションをきっかけに始まったこともあり、まずはワーケーション来訪者向けのサービスから試していくことになったのです。

そこで最初に着目したのがタクシーです。ワーケーション目的で初めて長野県、千曲市にいらっしゃる方が簡単、快適に移動ができるよう、タクシー配車の仕組みを作ってはどうかということになりました。地域のタクシー会社は都心と比べて規模が大きくありませんし、大手のタクシーアプリに対応していません。ですから、タクシー会社と利用者、どちらの視点も大事にしながら、サービスへと落とし込む必要がありました。土地勘のない方がもっと気軽に移動できるように、移動に不便を感じないように。そんな思いから始まったのが、「温泉MaaS」の構想です。

気軽に配車できることをアピールするためには、入口部分の敷居を低くすることがポイントです。そこでLINEアプリを入口に開発をスタート。LINEアプリで「●●から■■まで行きたい」と登録すると、それがタクシー会社へ通知されるという、非常に簡単な仕組みになっており、通知が来たタクシー会社は、従来通りにお客様を迎えにいく流れを作りました。

とはいえ、そもそも使っていただかなければ意味をなしませんので、まずは機能を絞り、極力シンプルなアプリにしました。また、このような仕組みをタクシー会社が受け入れてくれるのかについても懸念がありましたので、そこは電話代わりとなる受付のところのみを試し、運転手へ指示を出す所については従来通りの仕組みでの運用をご依頼しました。AIで配車の依頼をするとか、運転手さんにタブレットを持たせて電子決済ができるようにしようとか、電子チケットにしようとか、そういったものは一切取り入れず、一旦すごく簡単な部分からサービスを始めることにしたのです。

入口はシンプルかつ簡単なものから始まりましたが、ワーケーションのイベント自体は2~3ヵ月に1回行われていますので、イベントを開催するたびに機能を少しずつ追加していきました。最初はタクシーの配車のみでしたが、ワーケーション参加者からのフィードバックやアイデアソンで提案されたアイデアを落とし込み、今ではレンタサイクルの予約、問い合わせのボットが追加されています。

最新のバージョンでは、なんと電子チケットの機能も付加されました。今までは紙のチケットで、タクシーを利用した際などの支払いを行っていましたが、紙のチケットを作成するには手間暇がかかるということで、試験的に追加したものです。

ワーケーション来訪者にリピーターになってもらうこと、そして持続的に受け入れられる仕組みをつくるという観点で、千曲市さんの温泉MaaSはしっかり作用しているのではないかと思います。

地域活性のためにMaaSを活用した千曲市が成功したポイントとは

一般的に、地域密着型のMaaSは、地域のNPO法人や観光組合、もしくは、地域の企業やまちづくり企業、自治体などが主体となり、交通事業者と連携をしながら仕組みを作られています。そうしてできあがったものを市民や来訪者が利用すると。千曲市も基本はこの構造ですが、他者と異なるユニークな点は、私も含め、ワーケーションで来られた方も開発に参画しているところです。

つまり、ワーケーションで千曲市に訪れたエンジニアが実際の開発を支援しているため、一度来られた方も次の機能を拡張するタイミングで2回目、3回目とリピーターになってくださるのです。LINEやマイクロソフトは利用の仕組みをつくる際に必要となる要素機能を側面から提供しています。

千曲市は現在、ワーケーションに注力した取り組みを進めていますが、最初に開催したアイデアソンでも市民利用のアイデアが数多く出ていましたので、将来的には、市民利用にまで広げて、さまざまな企業が提供する交通サービスも取り込んでいきたいと考えられています。しかし、事業者側も受け入れ体制が整っておらず、利用者側にも素地がない状態で、初めから風呂敷を広げ過ぎてしまうと導入へのハードルが高くなってしまう。そのため、まずはワーケーションのイベント期間中のみ、ワーケーション参加者のみと限定し、スモールスタートをしたのです。そこから本当にニーズのある機能は何か、どのような仕組みなら受け入れてもらえるなど、温泉MaaSは現場の声を汲み取りながら下地を作り、利用範囲を拡大し、着実に成果を上げています。

最後に、マイクロソフトは、私たちのクラウド技術を使っていただいているパートナー企業様と共に、MaaSにおける地域活性化を今後もご支援していきたいと思っております。ありがとうございました。

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