アジアアシスタンスの事業について
丸井:みなさま、こんにちは。スマートドライブの丸井です。
本セッションでは、Asia Assistance Network(M)Bhd(以下、アジアアシスタンス)のCEO、鈴木匠さまをゲストにお招きし、急成長を遂げる東南アジアでのモビリティ事情と未来について、インタビュー形式のセッションをお送りします。
鈴木:よろしくお願いします。現在、マレーシアでアジアアシスタンスという会社の代表を務めている鈴木匠と申します。アジアアシスタンスは世界で最大級の保険グループ、アクサの完全グループ会社です。アクサグループには15〜6万人近くの従業員がいますが、そのうち約9,000人が保険以外のサービスを提供するアクサパートナーズというビジネスユニットに所属しており、私たちはそのマレーシアの現地法人として活動しています。
グローバルでアシスタンスビジネスを提供する9,000人のうち、500人弱がマレーシアにいて、私自身はマレーシアで、マレーシアとシンガポールのビジネスを管轄しています。
アシスタンスビジネスとは、生活や日々の困り事をサポートするサービスを提供することで、弊社ではBtoBを通じ、大きく4つのカテゴリーのサービスを提供しています。
モビリティ関連のサービス
保険会社さまや自動車メーカーさまに、直接ロードサイドアシスタンスを提供しています。事故や故障が発生し、連絡を受けましたら、事故対応、サポート、レッカー車の手配、修理までをフォローアップします。
ヘルスケア関連のサービス
マレーシアではTPA(Third Party Administration)と呼んでいますが、保険会社やマレーシア企業の人事部と直接契約し、保険会社様であれば、医療保険の給付金の支払いの手続きを私たちが対応し、企業であれば福利厚生としての従業員向けのメディカル関連のサポートを行います。
日本では1日入院すると1万円というように、定額の支払いがほとんどですが、マレーシアでは公的な医療保険、介護保健がなく、日本と比べて医療環境も整備されていませんので、民間保険会社の保険商品が医療費自体をカバーする、実損補填型が一般的です。お客様の医療保険の請求をサポートするということは、国中の病院、クリニックと連携して、治療内容やコストは本当に適正か、医療費の支払い内容を精査し、支払いプロセス全体をサポートすること。つまり、日本でいう公的医療保険の裏側にあるサポートを、民間の業務として受けているとご理解いただければと思います。
トラベル関連のサービス
海外旅行保険に加入されたお客様が、旅行、駐在、出張をした先で何かあった時により良い治療を受けることができるよう搬送するサービスです。
ホームアシスタンス
家の中での困りごとを解決するサービスを提供しています。
約500名の従業員を通じて24時間365日、フルラインナップでのアシスタンスサービスを提供させていただく、それがアジアアシスタンスです。
丸井:鈴木さまは以前、日本のアクサパートナーズでCEOプレジデントも務められており、私が事業開発担当者としてマレーシアへ赴任したタイミングとほぼ同時期にマレーシアのアジアアシスタンスのCEOに就任されました。たまたまご縁があってお会いする機会をいただき、地元が近いなど共通の話題で盛り上がり、スマートドライブと目指す方向性が同じだったことから、協業へ至りました。
マレーシアの交通事情とその課題
丸井:私も日頃からマレーシアで車の運転をしますが、環境の違い、道路事情の違いを肌で感じています。アジアアシスタンスさまのビジネスは、事故の対応を含め、交通事情と密接に関わっていると思いますが、東南アジア、とくにマレーシアで感じてらっしゃる課題感、日本と異なるポイントについて伺えますか。
鈴木:私たちは、事故や故障を起こした時にお客様からご連絡をいただき、駆けつけて対応するロードサイドアシスタンスを24時間提供していますが、マレーシアは日本と比べて事故発生率が突出して高い。それは、東南アジアでも1、2位を争うほどですし、10万人あたりの交通事故死亡者数を見ると、2016年で約24人と日本の8〜9倍という状況です。
バイク事故が交通事故全体の6割から7割を占めていることから、原因の一つとしてバイクの交通量の多さが挙げられると考えています。もう一つ、私たちのサービスからもデータで見て取れるのが、日本と大きく異なるマレーシアの車両登録制度です。というのも、マレーシアでは1度車両を登録すると、定期的に車検を受ける必要がないのです。そのため、現地で車を運転していると、もう、走ること自体が不思議に思えるほど古い車や、未整備状況のまま走行しているであろう車をよく見かけます。実際に、故障時のレッカー車の手配記録を調べると、そうした車による事故発生率は日本と比べてはるかに高く、全体登録台数の2割以上が毎年、事故および故障でアシスタンスサービスを使っているのです。
2割というのは極めて高い水準ですから、この数値を抑え込むためには、ドライバーの運転行動と安全運転に対する意識を変えていかなければならないと強く思っています。また、バイクに限らず、自動車でも無理な追い越しや急加速・急減速、ウインカーを出さない車線変更も日常茶飯事で、しょっちゅうヒヤリとさせられる局面に出会います。周りがそういう運転をしているので、自分自身が危険な運転をしていても危険と感じない、麻痺状態に陥っているのかもしれません。これが行動や習慣の恐ろしいところです。まずは何かしらの基準にもとづいて、自分の運転特性、行動特性を理解すること。これがマレーシアの交通事情、強いては経済活動自体をより良くしていく大切な1歩になると感じています。
そうした思いを胸に私たちもサービスを進化させ続けてきましたが、その過程で丸井さんとお会いでき、スマートドライブ社の戦略を深く知り、目指す方向が同じであることに共鳴しました。単なるサービス向上を超えて、一人ひとりの運転、行動特性、安全運転に注目し、それに向けたソリューションを提供する。その方向性に感銘を受け、ともに新たなエコシステムを作りたいとチーム一同が思い、今回の協業に至ったのです。
丸井:ありがとうございます。おかげさまで、今回、グローバル初の新サービスとして、現地の交通事情に合わせたSmartDrive Awareというサービスをマレーシアでローンチすることができました。このサービスは、自動車はもちろん、バイクでも活用でき、1週間ほどの利用で運転の傾向が可視化できます。
マレーシアでは、通勤中の事故が多発しており、その事故で亡くなる方も多くいらっしゃる。私自身、マレーシアに来てから、安全行動や安全への態度変容についてニーズを感じていましたし、多くの方から「事故を減らせる取り組みをやってくれないか」と言われてきました。懸命に開発を進め、ようやくサービスとしてスタートさせることができ、心から嬉しく思います。実際にご利用いただいたユーザーさまからは、「自分の運転がこんなに危険だとは思わなかった」「データを見て、自分にはこんな癖があるのかと気づいた」という声をいただいており、意識変容のきっかけになっていると実感しています。
現時点ではBtoBtoCのアプローチでサービスを提供していますが、「家族にも使わせたいので、個人向けにも販売してくれないかと要望をいただいており、改めてデータというものが、自分の行動を客観視して気づきを得るための、非常に大きな一歩になっていると感じているところです。
ここで鈴木さまに質問です。御社には現地のスタッフが多く在籍されていますし、このような態度変容のアプローチについても、交通事情に加え、健康面も気にかけておられるかと思います。気づきがあれば、行動も変わり、態度が変容する。しかし、このような草の根活動で事故や病気を減らすアプローチは、日本の企業様ほどマレーシア企業が取り入れている印象がありません。
交通事故については政府も積極的に手を打っていますし、ようやくアプローチできるようになりましたが、マレーシアにおけるもう一つの大きな課題が医療費の高騰です。交通事故を起因とした医療費の高騰については、さまざまな課題が絡み合っているかと思いますが、医療費に関する現状の課題についてお話を伺えますか。
鈴木:従業員数500人のうち、300人近くがヘルスケアのサービスに従事しています。
はじめにご紹介しましたが、ヘルスケアのサービスについてもう少し詳しく解説させていただきますね。マレーシアでTPAと呼ばれているこのサービスは、保険会社から医療保険の給付金支払い業務を私たちにアウトソースいただくというもので、契約頂いた企業に所属する従業員の福利厚生として、医療費サポート、その事務手続き、支払いを私たちがサポートしています。
このように、保険会社が保険金の支払いを外注するサービスは、日本の保険業法上は存在しません。日本では保険会社の医療保険の医療費の支払いを、保険会社がマネジメントしていますが、マレーシアの医療保険は、お客様が診療した病院で支払う医療費の実費を支払う、いわゆる実損填補の給付が基本です。そのため、病院と直接やりとりをして、医療費や治療内容の適切さを全て精査したうえで、支払いのサポートをしているのです。日本で言いますと、私たちが健康保険制度の裏にある、支払い基金のような役割を担っていると言えるでしょう。
つまり、私たちは国の民間セクターの医療費が今どの程度の規模であり、どのような課題を抱えているのかが、直接見える立ち位置にいると。そこから言えるのは、マレーシアの大きな課題として、東南アジアの中でも飛び抜けて医療費が高いということ。これが最も大きな課題ですね。直近、数年間のトレンドを見ると、毎年15%ほど医療費が高騰しています。たとえば、昨年度1万円で治療できたものが、今年は1万1,500円に値上がりするというような。
これは、マレーシアの経済成長率の5倍の数値です。社会保障制度が十分に整備されていないマレーシアでこのトレンドが続いてしまうと、経済や企業活動にも影響が出てしまう。近年、とくに顕著になっているトレンドはいくつかありますが、生活習慣病、食生活に関する問題については早急に手を打たなくてはなりません。
もう一つが通勤途中の交通事故。繰り返しになりますが、バイク通勤の事故が急増しているのです。本セッションはモビリティのソリューションがテーマですが、実際問題として一番に解決すべきが、企業における医療費なのです。モビリティのソリューションが医療費の適正化、強いては企業全体で安全運転教育へ寄与すれば、将来的にも制度の補完につながり、安定化を実現することができるでしょう。
そしてそれを実現するのが私たちです。最近では、スマートドライブさんと組んで、健康診断と個別のヘルスコーチングプログラムを組み合わせた『awaken』という仕組みを企業さまに提案しています。病院へ行く前に、自分の健康状態を知る、自分の健康に関心を持つ、行動変容にフォーカスを当てました。
健康診断の結果にもとづき、自分自身で今、どういう状態で、どこに課題があるのかを理解すること。「健康になりましょう」と話をする前に、個人、家庭、企業で、どんなことを成し遂げたいか、対話とコーチングで一人ひとり明確化し、「ならば、健康になる努力をしていきましょう」と、できることから提案して導いていく。そういった行動変容のアプローチを伴うソリューションを提供しています。
私たちの狙いは、ベンチマークを持ち、行動を見える化、そこにさまざまなゲーミフィケーションの要素を入れて、少しずつ行動を変え、個人にとっても、企業にとっても、ベネフィットがあるソリューションを提供していくこと。つまり、ヘルスケアのプログラムとSmartDrive Awareの仕組みは全く同じ方向性なのです。アジアアシスタンスとしては、この二つの仕組みをパッケージ化して、ヘルスケアも通勤途中の事故も、行動を変えることで一緒に解決していくことを目指しています。それが最終的に、従業員の健康維持と事故防止だけでなく、企業の生産性を向上させ、売り上げに反映されると考えているためです。
従業員に関連するソリューションを企業のコストとして捉えるのではなく、経営層には、生産性を高めて本業の成長を促すための投資と理解いただくように語りかけながら、このような流れがマレーシア全体に根付くよう、スマートドライブさんと協業させていただきました。これは非常に重要な取り組みですし、日本の健康経営が目指すところと同じ取り組みだと理解しています。マレーシア版の健康経営として、その一つのソリューションとして、ヘルスケアとモビリティを組み合わせて経済全体に貢献していきたい。そんな思いを持って取り組んでいるところです。
健康経営はマレーシアでどの程度浸透しているのか
丸井:まだマレーシアに根づいていない活動ですので、マレーシア特有の課題に対して、総合的にアプローチすることはチャレンジであり、大事なことであると実感しております。ちなみに、マレーシアでは健康経営の考え方がどれくらい浸透しているのでしょうか。
鈴木:ローカル企業を見ても、日本から進出している企業を見ても、健康経営の概念をしっかり理解したうえでそこに賛同し、実際に取り組んでらっしゃる企業はまだまだ数える程度です。私が直接、企業の経営者様と対話する中で気づいたのは、そもそも、日本とは労働市場大きく異なるということでした。優良企業でも、マレーシアだと毎年平均して20%~30%くらいの離職率がある。そうした状態で長期的な投資にどこまで踏み込めるか、経営者としても非常に判断が難しいようです。そもそも流動性が高いので、コストをかけて従業員を育成するより即戦力になる人員を採用したほうが早いと。
そうした経営理念の違い、労働市場の違いは無視できない要素だと思います。しかし、日本の健康経営の成功について目を向けると、昨年、経済産業省が公表した健康経営に取り組んでいる企業とそうでない企業では、前者の方が株価の増加率も高く、収益性も向上していることがわかっています。明確な効果が見て取れますし、統計からも、非常に重要な指数として、健康経営を取り組んでいる企業の離職率が低いことが明示されていました。しかし、これは国からの手厚いサポートがあったからこそ実現できたことです。
健康経営の認定制度、健康経営として認められるには、それなりの手続きを踏み、健康診断を100%達成しているか、そのフォローアップをしているか、そして重要な健康関連のエリア--食生活・飲酒・睡眠・運動・メンタルヘルス・喫煙など--について明確なアクションを取っているか、そのアクションがどのような効果を生んでいるか、PDCAを回しているか、これら一連のエビデンスを提供して厳正なるプロセスを通過する必要があります。
発足当初から政府が検討していたサポートは次の3点です。
- 事業性融資を優遇して融資を受けることができる。
銀行経由での政府からの後押しが一つ。
- 優秀な人材の採用とリテンションに大きく資すること。
健康経営銘柄のマークを使うことで、ホワイト企業だとすぐにわかる。ホワイト、ブラックというのは日本でもセンシティブになっているトピックですから、企業にとっても魅力的に映るでしょう。
- 公共入札の条件になっていく(かもしれない)
ゆくゆくは公共入札の条件になって行くかもしれないと日本政府から示唆がありましたが、これについてはまだ広がっていないようです。
これらの政府の後押しが強力な効果を発揮し、発足から6〜7年経った今、健康経営銘柄ではない企業がディスアドバンテージになっている。要は、新卒採用にしても、人材のリテンションにしても、健康経営の銘柄ではない企業に人が集まりにくくなっているのです。
このような概念が浸透していないマレーシアでは、これから健康経営に取り組み、継続することで、いかに企業全体へプラスの効果があるかを理解いただき、賛同してもらうことが重要です。また、政府からの支援も不可欠ですし、一朝一夕で状況が変わるものではないため、長期的に取り組んでいかねばなりません。私自身も、マレーシア企業の経営者様と会話を重ね、トップのコミットメントを引き出すよう努めています。
どの企業も今はSDGsに注目されていますが、これは避けては通れない、国際的な指標の一つになっています。健康経営の取り組みは、SDGsの3番(すべての人に健康と福祉を)と8番(働きがいも経済成長も)に直結しますし、SDGsをコーポレートレスポンシビリティに組み込むことは、今後、避けては通れません。将来的には、ビジネスだけでなく、従業員の生産性、健康への配慮が、企業として求められるようになる。それに合わせたコーポレートカルチャーと仕組みを導入し、健康経営に向けた取り組みをCEOがリードしていく。それこそが、マレーシア企業がマルチナショナルになり、インターナショナル企業へと成長するための登竜門になるでしょう。
丸井:日本人である私としても、企業経営の中に健康を取り入れることが、社員のエンゲージメントを高めつつ、業績を伸ばすことにつながりますし、SDGsの観点においても、多様なメリットがあると伝えていきたいです。
スマートシティ、EV、自動運転…移動の未来に向けて
丸井:今、私たちは激動の時代を迎えています。とくにモビリティは大きな転換を迎えようとしている。マレーシアはデジタルに関して感度が高い国ですし、マレーシア政府もスマートシティへの準備を進めようとしていますが、EVやスマートシティ、自動運転といった世界がまもなく訪れようとする中で、アジアアシスタンスのビジネスを今後どのように展開していこうとお考えですか。
鈴木:マレーシアのみならず、世界全体でモビリティ関連のサービスに対する期待が高まっていると日々、感じています。
今までは、「事故や故障は起こりうるもの、起こってしまうもの」と捉えていましたし、アシスタンス会社としても、いかに早く現場へレッカー車を手配するか、いかに迅速なペレーションが可能かに注力し、一連のサービスクオリティを高めるために投資を続けてきました。また、ロードサイドでサポートさせていただいている保険会社様の視点では、事故発生時に、いかに事務負担を減らし、保険金の支払いをスピーディーに行うかが注力ポイントでした。
しかしこれからは、事故を起こさない仕組みをどう構築するか、自動車の故障を未然に防ぐには何が必要かに焦点を当てたサービスが必要になっていくでしょう。自動車関連のテレマティクス関連ではヨーロッパが他の地域より先に進んでいます。たとえば、自動車事故発生時、どこへいても迅速な援助が受けられることを目的としたeCall(車両緊急通報システム)、パーツの異常検知をして早めの修理を促すbCallがマストアイテムとして整備されつつあります。そしてその先で、自動運転に関する取り組みも急速に進んでいる。日本の自動車メーカーも自動運転の開発に多額の資金を投資されていますし、想像以上に実現する瞬間は近くまで来ているのかなと。
一方、マレーシアではこのような機能や仕組みが搭載された車が普及し、マジョリティになるには、まだまだ長い年月がかかると考えています。マレーシアでは、プロトンとプロディアが最新設備を搭載した車を販売していますが、手軽な国産メーカーと比べると非常に高価で関税も高い。また、日本のように車検制度もないため、買い替えを促す動機も欠けています。ですから、制度設計を含め、最新のテクノロジーを搭載した車が普及するには、国レベルのサポートが必要ですし、そこには相当な時間がかかるだろうなと感じています。
モビリティに関わる民間企業としては、長く続いていく移行期間中に、進化したモビリティサービスとの平仄を取りながら、市中を走る車やバイクに対し、手軽で実装可能なサービスを提供していこうと。社会に対して、ToBeのモデルとAsIsのシチュエーションを埋めていく手伝いができるか、それが戦略を考えるうえで重要なポイントだとチームでも話しています。
丸井:大変、勉強になる話ばかりで、あっというまにお時間が過ぎてしまいました。現地のCEOからリアルな情報をお聞きできる素晴らしい機会であり、非常に気づきのあるセッションになったのではないでしょうか。改めまして、ありがとうございました!