POVとは何?~MaaSとの関連性について~
POVとは、「Personally Owned Vehicle」の頭文字を取った略語であり、直訳すると個人所有車両つまり「マイカー」のことを指し、これまで自動車業界は、新車製造・販売、車検・メンテナンス、中古車買取・販売、車体廃棄・リサイクルなどといった、「バリューチェーン」を構築・循環することで、約100年間にわたり成長し続けてきました。一方、MaaSとはクルマをいち移動手段ではなく、複数ユーザーが利用可能なモビリティ・サービスへ組み込むことで共有化し、運送・物流業界の人材不足解消・原油・鉄など資源の節約と保護・排気ガス・交通渋滞の解決を進めていく概念です。実際にMaasの有望スタートアップ企業「ウーバー」は、積極的な資金調達とサービス展開拡大により、猛烈なペースでブランド力を高めています。
極端な話をするなら、ウーバーを始めとするMaaS企業が今後さらに力をつけ、人やモノの移動全てを担うサービスへ成長した場合、購入・維持コストがかさむPOVは、この世から消滅する可能性まであるのです。
現時点での普及率比較~MaaSはどこまで浸透しているのか~
MaaSが普及することは、自動車産業の基盤であるPOV激減に繋がるわけですが、(株)ナカニシ自動車産業リサーチが公表した「 総移動距離に占めるMaaS比率」を見る限り、数年単位でMaaSがPOVを凌駕する可能性は、「限りなくゼロに近い」と考えられます。
※CASE・・・Connected(つながる)、Autonomous(自律走行)、Shared(共有)、Electric(電動)の頭文字を取った造語。
現在、モビリティの世界総移動距離は「10億マイル(約16兆km)」におよび、これは地球から土星まで到達する距離に当たりますが、対するMaaSが占める比率は2019年時点でわずか「1~2%」にすぎません。2030年にはMaaS比率が約20%程度まで拡大すると予測されている半面、インドやアジア新興国を中心に「保有欲求」が上昇するとみられるため、グローバルな視点では自動車市場が急激に冷え込むことはないと見られます。
一方、すでに必要数のPOVがいきわたっている国内では、少子高齢化や若い世代のクルマ離れの影響もあり、MaaSの有益性が顕著となる都市部において、各メーカーが販売実績の伸び悩みに苦慮する可能性があります。しかし、MaaSを導入する交通インフラ自体が希薄であり、日常の足としてクルマが欠かせない郊外や過疎地・山間地などでは、保有欲求が大幅に後退するとは考えにくいことです。
国内外問わず、自動車業界に大きな変革をもたらす存在なのは確かですが、MaaSは年々、時間をかけて普及するとみられるため、各自動車メーカーはスピード感や地域性によるニーズの違いに併せた取り組みを進める必要があると言えるでしょう。
国内外メーカーの動向とは~POV台数減少に歯止めをかける施策~
旧態依然のバリューチェーン・ビジネスのみの場合、自動車業界は破滅的なダメージを被る可能性もありますが、各メーカーとも世の中の動向をしっかりと理解しており、近年MaaS関連企業の買収や業務提携を進めています。
ダイムラーは2016年7月、イギリスで配車アプリサービスを展開している「ヘイロー(Hailo)」の株式60%を取得、VWは欧州全域でユーザーを集める配車アプリ「ゲット(Gett)」へ投資を行い、国内ではトヨタがウーバーと業務提携を結んでいます。また、GM(ゼネラルモーターズ)は米国・カナダの約300都市でサービス展開している、「リフト(Lyft)」と手を組んでいますし、EVメーカーのテスラは「完全自動運転のMaaS車」を世界各地に配備し、スマホアプリで呼べるというビジネス構想を明らかにしています。
つまり、大手自動車メーカーはMaaS関連企業、もしくは自社制作のMaaS車両を所有することで、低迷が予想される「POV台数」の穴埋めを模索しており、これに変わる革新的なアイデアを創出しているわけではありません。とはいえ、先ほど提示した比率データでもわかる通り、クルマが個人所有から共有へ移行するのはもう少し先の話であるため、「誰に売ればいいのか」という当面の問題を解決する方法としては、妥当かつ即効性のある施策だと言えるでしょう。
分業化と共存~ライドシェアとの比較と今後について~
ライドシェアとは、文字通り「乗ることを共有する」サービスで、MaaSにおいてはスマホアプリなどを活用したプラットフォームで一般ドライバーと乗客を仲介し、自家用車で運送する「TNC(Transportation Network Company)」のことを指します。
国内では、災害のため緊急を要する場合と、市町村・NPO法人などが公共の福祉を確保するため区域内の住民の運送を行う場合などを除き、TNCは道路運送法第78条により禁止されていますが、近年徐々にですが規制緩和への動きが強まっています。
ライドシェアの存在価値とメリット
2019年3月、未来投資会議において安倍晋三首相はライドシェアの活用拡大に向け、道路運送法の改正に取り組む方針を示しましたが、これはアメリカ・中国のような全面解禁ではなく、公共交通が不足気味である地域でサービス展開しやすくすることが狙いです。
ライドシェアの存在価値は非常に高く、複数ユーザーが1台のクルマに乗り合いすることによって、ガソリン消費量減少や渋滞緩和につながるほか、自治体や事業主が改めて複数車両を購入したり、運営スタッフを確保したりするコストも必要ありません。また、競合するタクシーに比べ低い金額設定が可能であり、基本的にアプリを介してキャッシュレス決済するため料金トラブルも少ないことや、サービスを提供する一般ドライバーにとっても空き時間にクルマを有効活用し、収入を得られるメリットがあります。
さらに、ITによるオンデマンド配車システム活用が前提のサービスであるため、蓄積されたビッグデータにもとづく「ダイナミックプラシング(需給に応じた変動料金設定)」も実践しやすいため、寡占状態のタクシー業界に市場原理を働かせる存在になりえます。クルマを共有するカーシェアと異なり、ライドシェアでは運転のわずらわしさから解放されるほか、車両購入・維持費をカットすることも可能です。
「ライドシェア普及=POVが不要」になるわけではない
移動サービスが成立しにくい過疎地域などにおいて、ライドシェアは誰しもが低コストで利用・参入可能なインフラと言えるため、順調に規制緩和が進めば日本でも普及していくと考えられます。また、世帯ごとのPOV数が多く、車検を始めとする車両保全体制も厳しく定められている日本においては、乗車したまま戻ってくることが前提であるカーシェアより、ライドシェアの方が浸透しやすいかも知れません。
ライドシェアは個人所有のクルマを複数ユーザーが「共有」するサービス、つまりシームレスな移動を可能とするMaaSの1つであり、極端な話「POVありき」でしか成立しないビジネス・モデルでもあります。POVを確保しつつMaaSを進めるため、国内自動車メーカーがライドシェアに目を付けるのは当然の流れであり、官・産・民のすべてに利便性・生産性を与える、高いポテンシャルを秘めている存在と言えるでしょう。
POVとライドシェアの分業化・共存が描く未来予想図
POVの利点は、短距離移動が主体のライドシェアと異なり、ユーザーの意思で自由に利用するスケジュールが決められ、プライバシーが守られた愛車で寄り道しながら長距離ドライブを楽しめることです。
交通機関が整備されている都市部では、電車やバスの方がライドシェアより安心かつリーズナブルに移動できることから、そもそもライドシェアの必要性を感じないユーザーが多いと考えられます。ライドシェアの真価が問われるのは、やはり郊外・山間部における通勤・買い物などといった「短距離移動」であり、長距離移動に関してはPOVや既存交通インフラの方が断然利便性・経済性・快適性に優れているのです。
今後はさらにユーザーの利用シーンごとで分業化が進むと考えられますし、クルマ自体に求められる「性能」も以下のように変化していくと考えられます。
- POV・・・軽自動車やEV・HV車など低コストで運用可能な性能
- ライドシェア・・・安全運転サポート・自動運転技術などといった性能
海外ではドライバーによる強盗・性的暴行が発生するなど、サービスを提供するのが有資格者ではなく、一般ユーザーであることが問題視されていますが、AIによる完全自動運転とライドシェアが融合すれば、このようなトラブルによる心配は格段に緩和されます。もちろん、自動運転技術のさらなる進捗や法整備が不可欠ですが、近い将来スマホで予約・配車・決済できる「AIタクシー」での通勤・通学や、買い物・レジャーへ出かけられる時代がやってくるかもしれません。
まとめ~将来的にはライドシェアとカーシェアの統合も!~
現在はレンタカーのように、乗り捨て不可の「ラウンドトリップ方式」が主体であるカーシェアですが、完全自動運転が実装された場合、自動返却可能なシステム・プラットフォームが実現する可能性があります。そうなれば、両者を隔てる構造上の壁が無くなるため、タクシー含むライドシェア・レンタカー・カーシェアは同一サービスとして統合され、MaaSに組み込まれていくと考えられます。
また、現状はBtoCサービスであるレンタカー業界ですが、ライドシェアが解禁されることを前提にすれば、企業が提供するプラットフォーム上で一般ユーザーがPOVを運用し、利益を得るビジネス・モデルが今後登場し、浸透していくかもしれません。いずれにせよ、より快適で安全なMaaS社会を確立するには、自動運転技術を始めとするクルマ自体の性能向上が、必要不可欠なのです。