自己紹介
西村:まずはお二人の自己紹介をお願いします。
杉山:私は不動産デベロッパーの森ビルでアート、文化に関わる仕事をしています。
2018年6月に東京・お台場に誕生した「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」では施設の立ち上げの企画をしました。このミュージアムはオープンから1年少し経ちましたが、初年度には230万人ものお客様が足を運んでいただき、入場者数においては東京を代表する文化施設の一つとなりました。
私は、都市とアートとテクノロジーに興味を持っています。それをビジネスに結びつけるために研究を続けてきました。森ビルは場所をもっていますが自分達だけでは新しいモノはつくることは難しい。アーティストやクリエーターと一緒になって街の新しい使い方を考えることで、もっと東京が面白い都市になると信じています。
チームラボボーダレスに足を踏み入れると、床と壁と天井、どこを見てもデジタルによって生成された景色に囲まれます。お客様の行動や反応あわせてコンピュータが映像をつくっているので、2度と同じ映像が流れません。目指す世界観は、デジタルとリアルが境界なくつながり、一つの世界になることです。施設名「ボーダレス」にはこの想いを込めました。
西村:動物が寄ってきてくれたり、近づくと目の前で何かが羽ばたいたりするなど、自分の行動一つで反応が変わるって面白いですよね。
杉山:体験者と環境が一体した世界を作り出したいんです。裏側には巨大なコンピューターのサーバルームがあり、デジタルの世界とリアルな空間とが一体となった世界を作り上げています。岩肌に沿って水が流れる映像に足を出すと、水が足元を避けていきます。水の動きを物理シミュレーションによってリアルタイムに計算しています。そして岩山にお客様が上ると、この動きをセンサーが検知してコンピューターが水を避ける映像をつくり出す。その映像はプロジェクターでリアルな空間に投影される。これを繰り返すことで、あの景色がつくられているわけです。
西村:ミラー化された自分がそこにいるイメージですね。
杉山:おっしゃる通りです。自分が行動することによって周囲の環境と対話しながら、そこにいる人たち全員で一つの景色をつくっている世界だと言えますね。
オープン後から行列ができ、5カ月で100万人を突破。海外からも注目され、数多くの賞をいただきました。森ビルでは都市部の人を引きつける力を磁力と呼んでいますが、磁力が強い場所になったんじゃないかなと。
原:私たちバスキュールは、現実空間と仮想空間を組み合わせ、新しい体験を作っていくインタラクティブクリエーションカンパニーです。
最近では、jaxaさんと一緒にISSにスタジオを開設するという宇宙メディア事業を立ち上げまして、さらに宇宙空間も組み合わせた体験をつくっていきたいと考えています。また、電通さんやAvexさんと一緒に音声ARのプロジェクトを進めています。
「移動×エンタメ」のテーマで現在、注力しているのがこの音声AR。位置情報をもとに音声で世界を拡張するという仕組みで、本カンファレンスで登壇されたSUBARUさんのSUBAROADにもこの機能を搭載する可能性があります。音声ARは位置情報に音が埋め込まれているものではなく、ユーザー一人ひとりのパーソナリティとステータスを組み合わせて音をだし分けています。FF(ファイナルファンタジー)30周年、名古屋にあるミツカンミュージアムの常設の案内にも導入いただきました。
西村:今までの音声ガイドとどのような違いがあるのでしょうか。
原:従来の音声ガイドは展示物に番号とQRコードが振ってあり、ユーザーが能動的に利用するものでした。しかし、音声ARは位置情報を把握して自動的に鳴らしますので、その都度操作する必要もありませんし、気が散ることもありません。展示の流れや位置情報を把握しているので、ユーザーの気持ちの昂りとともに自然と音楽を流し、体験を深めることができるのが最大の特徴。単純に説明を補足する役割ではなく、体験の深みを増すために導入されています。
これ以外にも、ミッションインポッシブルのプロモーションで、渋谷の街にビーコンを300個ほど設置し、300人で解除するPRイベントを実施しました。渋谷の街中でミッションインポッシブルのテーマを聴きながら、敵と称する黒ずくめのサングラスの男を避けて宝探しするというものでしたが、新たなエンタメとして参加者にも楽しんでいただくことができました。街自体に仕掛けを施しているわけでなく、音を足しているだけなんです。
このように、場所を変えても新しいエンターテイメントとして活用の幅が広がっています。
西村:私はこのプロモーションにたまたま遭遇したのですが、黒ずくめの人たちが楽しそうに移動している姿を見て、同じ街にいるのに音が入ることで全然違う景色を見て楽しんでいる人たちがいるって面白いなと感じました。
原:僕らは世界がデータで覆われた状態の時に何ができるのかを常に念頭に置いています。快適になるだけではなく、今まで実現できなかったような楽しいことができたり、体験を深めたりするには、何をどのように仕掛けて行くべきか。そこにまっすぐ向き合いたいのです。
西村:スマートドライブ社は移動のデータを、さくらインターネットさんはTellusで衛星のデータを、それ以外にも、今の世の中は多くのデータで溢れています。これらのデータはビジネスに活用すべき場合もあるし、エンタメや新しい都市の体験にも活かすこともできるでしょう。
技術の発達とともに、クリエイティブやコンテンツを作るプロフェッショナルも育てていかなければ新たなエンタメを生み出すことができませんので、今はその土台作りをしています。
体験をパーソナライズする
西村:たとえば、虎ノ門ヒルズに行くとトラのもんがナビゲーターになるなんてことも実現可能でしょうか。
原:パーソナライズできるので、案内してほしいキャラクターを自由に選ぶということも可能になります。
杉山:チームラボの作品の一つに、カラスの群れが宇宙空間を飛び回る作品がありました。もともとカラスの作品は1つの部屋に閉じこもって見る作品でしたが、チームラボボーダレスでは、作品と作作品が境界なく繋がっていく世界をつくりたかったので、美術館そのものを大きな一つの作品とする捉え方にシフトチェンジし、カラスが廊下から様々な場所へ飛んでいくようにプログラムを変更しました。プロジェクターの部屋は通常のカラスの映像ですが、LEDの粒で3D空間が表現されている部屋に入れば粒の形で立体に見える、半透明のホログラフィックの部屋に入るとホログラフィックになる、つまり同じカラスでも空間を移動しながら、表現方法を変えることができるのです。部屋ごとに映像のデバイスは違いますが、横断して一個のソースコードで動物が動き回っている。そんな世界が今後は街中でも実現できるようになるのではないしょうか。
西村:そうした仕掛けもさることながら、チームラボボーダレスでさらに素晴らしいと思うのがマインドセットです。
杉山:エントランスにも「さまよい、探索し、発見する」と記載しております。普通の美術館のように一本道で決められた順路はなく、迷路のように彷徨って楽しむ設計になっています。実はオープン前に関係者だけを集めてテストプレイを実施した際に、わかりづらい、何を見たのかわからないなど、ネガティブな意見が多く出てしまって。もう少し丁寧にお客様に伝えることができなければ意味がないと思い、チームラボに相談したら、この言葉が誕生しました。入館前に、「さまよい、探索し、発見する」施設であるとマインドセットをすることで、私たちが伝えたかったことがすんなりと伝えることができたのです。
西村:今後のモビリティエンターテイメントにおいてもマインドセットは必要だと思います。デジタルコンテンツとの接点も当然ながら増えていきますし。
原:SUBARUのセッションでも、新たなプロジェクトの考え方として、「カーナビ通りに走る世の中になったけど、そこにSUBARUらしさは無い。カーナビから一つ逸れた走りがいのある道にこそSUBARUらしさがあるのだ」と表明しています。そのマインドセットがないままですと、ユーザーを惑わせてしまうだけですが、それがベースにあると没入させることができるのです。
ここで、音声ARの事例として「サウンドドラマアクションの『オトガタリ』」をご紹介させてください。
大阪には堀越神社という、聖徳太子によって建立された「一生に一度の願いがかなう」パワースポットとして知られる神社があるんですね。神社の夏季例大祭を舞台に、なぜ、一生に一度の願いがかなうと言われているのか、黒竜さんや白竜さんなど、神社にいるそれぞれの神様にはどんなストーリーがあるのか、その土地の歴史などを取り入れた物語を作り、体験型ストーリーという体験を作り上げました。
これは六本木のアートナイトでも同じように展開しました。
堀越神社では自由に回遊していただき、アートナイトは時間を決めて案内人が道を案内しながら一緒に体験する仕組みにしました。六本木は新しい街ですので、はじめはストーリー作りに苦戦しましたが、江戸時代から残っている道がいくつかありましたので、その道を300年前の人たちがどんな思いで歩いていたのかをベースに作り込みました。位置情報に合わせて演出できますので、参加者はイヤホンをつけてスマホで音を聴きながら歩くだけ。スマホが普及した今だからこそできることかもしれません。
昔の人は物語を伝えるために、壁画に絵を描いていました。しかし、文字が誕生し、小説みや舞台ができ、ラジオ・テレビが普及して、今は音楽も動画も情報も受け取れるデバイスを持ち歩ける時代。そんな時代に新しい物語を体験できるフォーマットを、その場所でしか体験できない物語を作ろう。そうした思いから実現したプロジェクトでした。
杉山:日本は歴史があるから有利ですよね。アメリカは歴史が短いので、その場所に紐づいた物語を作るのは難しいですし。
物語の舞台と知らずに過ごしていたり、話は知っているけど行ったことがなかったり、そういう場所はたくさんありますから、同じ景色でも受け止め方が変わってきますよね。音だけというのはイマジネーションを刺激する。想像力の刺激は非常に大事だと思います。
西村:スマホがあるから“見せる”のではなく、あえて“音”にフォーカスした理由を教えていただけますか?
原:スマホという限られた世界で生きるのではなく、実際、目の前にあるものに集中して欲しい、体験して欲しいと思ったからです。堀越神社には実際に、狛犬やかえる石、ヤタガラスなど、たくさん見て、知っていただきたいものがありましたし。
音だけで脳を刺激して、目は実物にあるものを見て、想像力だけでどこまでいけるか。10人中10人が同じ体験ではなく、面白さには個人差があります。ただ、私たちとしては想像力を刺激することを続けていきたいので、インスピレーションを与えるプロジェクトを生み出しているのです。聴覚をエブリデイユースにして、必要な時に視覚というスタイルが、仮想空間とも上手に付きあう秘訣です。
エンタメは移動体験をどう変える?
西村:移動は今まで目的がベースでしたが、移動の効率化によって今後は移動自体を楽しむ方向性に変わっていくのではないでしょうか。お二人はそれぞれのアプローチで、お客様に新たな体験を提供していらっしゃいますが、今後、エンタメは移動をどのように変えるとお考えでしょうか。
杉山:私がチームラボボーダレスに関わってわかったことは、デジタルはすでに誰もが手元に持っているものだから、平面的なコンテンツは移動をしなくても体験できるということ。また、デジタルには巻き戻しの機能があるので、シーケンスがあるものは順序性が求められます。
映画は映画館で他のお客さんと同じコンテンツを観る体験ですが、移動は本人の意思によって行われることであり、ストーリーの中で自分が主人公になれるものです。移動することによって変わるコンテンツを提供できれば、人は自分だけのストーリーを作ることができる。そのストーリーにデジタルが組み合わされれば、より特別な体験が演出できるようになるでしょう。
西村:移動という通常の行動の中でエンタメが体験できる時代になってきたんですね。
杉山:施設の出口に「何かを見ているということは何かを見ていないことだ」と小さく書いているんですね。これは私たちが伝えたいメッセージの一つ。順序がないぶん、お客さんも取捨選択しながら自分のストーリーを作っていますし、これからのエンタメも自分だけのストーリーを自分自身で作るようになると考えています。
西村:ある意味、今までの価値観からすると不親切ですよね。自分が彷徨うことで見落としているものも多くあるかもしれないという体験まで許容しているわけですから…。
でも、だからこそ惹かれてしまうのかもしれません。
原:移動×エンタメを言葉だけで捉えてしまうと、移動しながら映画を観ることができるというニュアンスになってしまうじゃないですか。でもそこが本質ではないのです。SUBARUさんとプロジェクトに取り組む中で、移動=エンタメという価値観が無くなって欲しくないと強く思っていますし、SUBARUさんもそういう認識で頑張ろうと前に進んでらっしゃいます。
歩くことの大切さを実感しながら、自分の目で各地のアート作品を観るとか、クリエイティビティなスポットに寄るみたいな動機付けを作る。モビリティも、そこの重要性を奪ってしまうのは本来の楽しさが半減すると思いますので、移動しながら楽しいというより、移動することそのものを楽しむ仕組みを拡張していきたいですね。
西村:アメリカにUberやLyftってあるじゃないですか。もちろん、移動に便利だから利用するのですが、私がLyftを好きな理由は別にあって、ドライバーが車内にいる時間を楽しませてくれるからなんです。車のライトにまつ毛が描いてあるのを見て、クスッと笑ってしまった。おそらくLyft側がドライバーに車をデコレーションできるキットを渡しているんです。でもこういう小さな楽しいがすごく大事だなって。また利用したいなって思う。
値段もそんなに変わらないのであれば、人は移動自体もワクワクできる選択をするようになる。移動はこれからも進化するでしょうが、他社とサービスの差別化をするには、効率だけではなく、エンタメ要素が不可欠です。
原:そうですね、どうせなら楽しい方がいいですから。
杉山:昨年、六本木ヒルズの展望台でARゴーグルをかけると、リアルな街にポケモンが現れるイベントを開催しました。あれはまさに実空間にポケモンGOの世界を重ね合わせるというレイヤーの話です。
移動の未来、今後の展望は
西村:森ビルさんが毎年開催されているMedia Ambition Tokyoもそうですが、同じ街で新たな体験を演出するためにアートを取り込んだり、デジタルコンテンツを活用したり、移動を楽しめるプラットフォームだからこそワクワクするのかもしれません。お二人の今後の展望について伺えますか?
杉山:チームラボボーダレスでは作品と作品、作品と鑑賞者の境界がなくなる世界が作れたと思いますが、まだ箱に閉じこもっている世界。先ほど原さんがおっしゃったように、街とボーダレスの世界をどう融合させるかがテーマになっていますので、今後は街をテーマにさまざまな人が境界を除いた世界へと広げていきたいと思います。
原:移動×エンタメの観点では、日常と非日常で多様性を分けて考えた方が良いと思っていて。普段は定時になったら自動運転でオフィスに到着するスタイル、週末のおでかけは自分で運転してドライブを楽しむスタイルというように、それぞれを差別化して考えた方が良いと思いますし、これからの時代はそれが実現可能です。
私の属性と今のコンディションを理解して、徹夜明けなのに会社に行かなきゃならない場合、寝たまま静かに移動しれくれればそれが最高だし、遊びに行く時は目的地にあった音楽をかけて、楽しいコンテンツをくれたら本当に最高。一方、そのときに同じ道を杉山さんが寝ながら通勤しているみたいなこともあるでしょう。今後の展望としては、そういう考え方がいいんじゃないかと思っています。