- 永井 俊輔
- 代表取締役社長 CEO
- クレストホールディングス株式会社
創業から36年、屋外広告や店舗のショーウィンドウの装飾を軸に事業を展開してきた株式会社クレスト。同社は堅実に築いてきた広告やディスプレイの知識と経験を生かしつつ、新風を吹き込み、次々にイノベーションを起こしています。そこで今回はクレストが提供しているIoTデバイスを活用することで、デジタル優勢の中、レガシー産業はどのように突き抜けることができるのか、お話を伺いました。
今回インタビューさせていただいた方々
- 永井俊輔(ながい しゅんすけ)さま
代表取締役社長 (以下 : 永井) - 江刺家直也(えさしか なおや)さま
経営管理本部 情報システム部 シニアマネージャー (以下 : 江刺家) - 阪本治彦(さかもと はるひこ)さま
リテールテック事業部 ジェネラルマネージャー (以下 : 阪本)
LMI(レガシー マーケット イノベーション)とは?
まずは、クレストの事業内容や理念についてお伺いできますか?
永井:「まずは事業の中核となっている経営理念について説明させてください。
この図は、BCGのPPM(※)理論の変形マトリクスで、横軸を『生産性が低い・高い』、縦軸を『市場の成長性が低い・高い』として表したものです。図の左下にある既存産業、斜陽産業を右上の花形産業に変えていくこと。それが私たち、クレストの目指している場所です。
しかしその目標を成し遂げるには、2つのステップを踏む必要があります。まずは、SFA(セールスフォース・オートメーション)やMA(マーケティング・オートメーション)などのITツールを活用して、一人あたりの生産性と会社全体の生産性を向上させることです。私たちは、少し仕組みを変えることでレガシー産業は今より収益を上げることができると考えていますし、実際にそういったツールがレガシー産業の成長を底上げします。次のステップは、そこで得た利益で縦軸の市場の成長性に対するイノベーションを起こしていくことです。このプロセスで企業と産業を成長させることがクレストのビジョンです。」
※プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの略。経営資源を最適に配分することを目的として、ボストン・コンサルティング・グループが1970年代に提唱したマネジメント手法のこと。
永井:「縦軸がROE(自己資本利益率)、横軸が時間として一般的なスタートアップのビジネスモデル(赤線)を考えてみましょう。まず、ROEを追っていくと、グッと下がりながら、点線で落ちている矢印に目が止まります。とあるデータによれば、スタートアップの99.7%が何かしらの原因で成功に至らず脱落すると言われていて、その状態を表したもの。脱落の最たる理由は、低い成功確率にあります。つまり、思っている以上に、スタートアップの収益化は難しいということです。
一方、レガシー企業(灰色線)はどうでしょうか。既存産業は成長だけ見ると、スタートアップに比べて難易度は少し低い。物販店や飲食店を1店舗作れば、ある程度は売れる。イオンに出店すれば、ある程度の来店が見込める。そして製品の粗利がそれなりにあれば、事業が継続できる。しかし、生産性が低いため、収益の向上させるのは簡単なことではありません。
レガシーマーケットイノベーションのモデル(青線)は、基本的にレガシー産業のストレートな成長を見せながら、既存ビジネスが儲かる仕組みです。縦軸はROEのリターン(当期純利益)ですので、そのリターンに再投資をかける、つまり、イノベーション軸に投資をしていく。そうすることでレガシー産業が急成長できるのです。
つまり、資本をマイナスに取りにくいところが、成長曲線であると考えています。既存産業から、「イノベーションが起こせない」という話をよく耳にしますが、本当にスタートアップでしかイノベーションは起こせないのでしょうか? そんなことはないはずだ。そこでレガシー産業に変革をもたらそうとチャレンジしているのが私たちクレストです。
レガシー産業にも多くのアセットがあり、そこから生み出される収益もあります。ですので、効率的に運営することはできるのです。海外ではUberの台頭によってタクシー会社が次々と倒産し、運転手が失業し、タクシーの車がどんどん廃棄処分されていると聞きます。
Uberが世界を牛耳る前に、長い歴史と多くの知見を持つタクシー会社がUberを生むことが本当にできなかったのか。できる道があってもいいんじゃないかと。
クレストはレガシーとイノベーション、両事業を併せ持つ企業です。レガシーなサイン&ディスプレイ事業を展開し、そこに付加しているのがイノベーションのリテールテック事業。目標はリアル世界での販売促進や広告の価値を計測し、成果とクオリティを保つことです。
レガシーアセットという単語は、経営学で言うと負の遺産的なマイナスの意味があるのですが、私たちは正のレガシーアセット、つまりレガシーが活かせる要素をたくさん持っています。それは、これまでに培ってきたファッションブランドや小売事業との接点。毎月、何百カ所、何千カ所に設営に行っている私たちのウィンドウディスプレイでの知見などです。そして、それらがしっかりと収益に結びついている。それこそが本来のレガシーアセットであり、レガシープロフィットと我々は表現します。、これらをレガシーのイノベーションに再投資することができるので、この事業に対して意義を感じています。」
話を伺って、「レガシーマーケットイノベーション」には、会社概要と事業内容にも通ずる一貫性のあるメッセージが込められていると感じました。長い歴史を誇る看板業界からこの考えに至るまで、どのような経緯があったのでしょうか。
永井:「看板屋の会社の理念を考えていたときに、ふと、『これがあと100年続くのだろうか』って思ったんです。もともと、クレストは父が経営する屋外広告(看板)の会社でした。私は看板が大好きで入社したのではなく、たまたま父親がそうだったからこの産業に飛び込んだだけで。しかし、入社した以上、世の中のデジタル化が進めばこの産業はどうなるのか。その創業者の父の想いを未来に繋いで行かなくてはなりません。
どこかのイノベーターにディスラプトされるのではなく、この産業が自らイノベーションを起こす道のりを作らなければならないと思いました。たまたま見つけた“カメラ”から着想を得て、新たなイノベーションを生み出すことに成功しました。そこで、『この考え方は、他の産業にも置き換えることができるはずだ』と思ったのです。これが、レガシーマーケットイノベーションを企業理念にした理由です。」
お父様の会社を継ぐために入社されて、はじめは営業をされていたと伺っています。何をきっかけカメラが必要と思ったんですか?
永井:「クレストの事業にインナチュラルというガーデニング事業の店舗があり、その事業の経営に携わったことでカメラとの出会いにつながっていきます。
私はクレストに入社後、営業としてディスプレイの施工を増やし、順調に売り上げを伸ばしていきました。そこで、ガーデニング事業のインナチュラルという店舗にも、既存のサイン&ディスプレイの知見でウィンドウディスプレイを変えれば、きっと売上は上がるだろうと思ったのです。しかし、なかなか効果が現れない。そこで原因がどこにあるのかを考え始めました。
『どうすればいいんだろう…』と悩みながら歩いていたら、たまたまタッチパネルの自動販売機の上にカメラが付いていることに気づきます。
『そうか、これだ−−』自動販売機のカメラは、顔認証で年齢性別を推測し、商品の画像を表示させるという仕組み。この気づきをきっかけに、カメラがウィンドウディスプレイの歴史を塗り替えるカギになると思い、開発を始めました。
今まで、誰がどれくらいショーウィンドウを見ているのか、計測する術はありませんでした。しかしこれで、Webと同じように、インプレッション数・クリック数・滞留時間・コンバージョンが可視化すれば、売り上げにつなげることができる。インターネット広告は後発ですが、何十年も前からあるリアルな世界の広告が何も計測されていないなんて。ここが変革の素になるだろう。そして、2014年にカメラで計測する構想が生まれ、2017年から実際に顧客でのベータ版、アルファ版のテストが少しずつ始まっていきました。
なるほど。その着想から開発されたのがesasy(以下、エサシー)なのですね。
esasy(エサシー)とは?
江刺家:「私は、永井が『どうやって開発をしようかな』と考えているタイミングで、彼と出会いました。永井からこのアイデアを聞いて、大手企業のSIerに開発依頼を相談したところ、とんでもない金額を提示されてしまって。当時は画像解析技術の開発が非常に高額で、2015年の時点で1店舗あたり1億円かかると言われてしまったんです。これはさすがに、簡単に進めることができない。
その頃、私はSIerの会社に勤めていて、尚且つ、ラズペリーパイの知見を持っていたことと、IoTに関して調査しているタイミングだったので、『IoTでも開発できますよ』と話をしました。そうするとトントン拍子で話が進んで、私がプロトタイプまでの制作を担当することに。
ただ、そこから先、これが本当にビジネスになるのか、本当にこのデータは使えるのかについては、未知の世界。とにかく実地検証をするしかない。なので、完成したプロトタイプで実地検証をして、データをとにかく集めて検証をしていました。」
開発時に苦労されたことはなんでしょうか。
江刺家:「最近は、端末のエッジ側で処理をする設計が普及していますが、当時はいわゆるIPカメラで録画したものをサーバーなどに上げて処理をするのが一般的でした。ですので、まずはクラウド上に画像を上げる方法で開発を進めようとしましたが、IPカメラの仕様に合わせると、私たちが実現したいことができないとわかったのです。
そうなると、別の方法を考えなくてはなりません。そこで自由度が広いラズベリーパイで開発しようと決まりました。次に浮上したのが、個人情報保護法の問題です。今でこそカメラに関するガイドラインがありますが、当時はまだ、個人情報保護法しかなく、どんな設計でも個人情報に抵触してしまう。それが一番の壁でしたね。
最終的に、エッジ側で、オンメモリで作り込み、処理するという設計で着地しました。開発とともに法令や技術調査も並行して進めなくてはならなかったので、けっこう苦労しましたね。」
>>>中編へつづく