自動車業界全体の押し寄せている「環境規制」の大波
地球温暖化をはじめ、有害排気ガスによる環境汚染になかなか歯止めがかからないことを受け、世界は自動車に対する環境規制をより一層強めていく方向へと動き始めています。
たとえば、EUの執行機関である欧州委員会は、2021年7月、EU加盟国が2035年時点で販売できる新車は「排出ガスゼロ車のみ」とする新たな規制案を策定し、同時に2030年時点でのCO²排出削減目標(※)も見直しました。
※走行1km当たりのCO²排出削減目標を37,5%から55%へ引き上げた。
ここで重要なのは、新車として販売可能な車両が「排出ガスゼロ車のみ」へと変更されたことです。従来は排出ガス削減に効果があるHV・PHVも新車販売可能でしたが、新規制案のもとではHVやPHVも市場から締め出され、新車販売できるのはEV・燃料電池車のみとなります。
また、見直したCO²排出削減目標を達成するため、欧州では商用車のCO²排出量を2030年までに19年比で3割削減することを決めたほか、米・カルフォルニア州も同州で販売するすべてのトラックを、2045年を期限として全てEV・FCVにする規制を導入しました。
これらの動きにより、ガソリン車やディーゼル車はもちろん、現在エコカーとして普及しているHVやPHVに関しても、自家用車や商用車として新車購入できない時代が、近い将来やってくることになったのです。
商用車の電動化が自家用車より急がれている理由
環境規制の強化は、自動車業界全体に及ぶものですが、自動車業界を長く牽引してきた欧米諸国における近年の動きを見ると、自家用車より商用車に対する規制強化の方が進んでいるようです。では、なぜ今になって商用車の環境規制が強化、つまり電動化が急がれているのでしょうか。ここではその理由について整理してみたいと思います。
1.自家用車よりEV化が遅れている
トラックやバンといった商用車は、乗用車に比べて用途が多岐にわたるうえ、業種ごとに求められる車両サイズや走行パターンが大きく異なるため、EV化を進めるのが難しいと言われています。
事実として、小型トラックの動力源別市場構成(2020年時点・世界全体)を見ると、EV(BEV・PHEV・ハイブリッド車を含む)が占める比率は全体のわずか1,4%にすぎず、大きな動力源を必要とする中・大型トラックの比率は0,5%とさらに低くなっています。
ちなみに、同時点における乗用車のEV比率は約3%で、どちらにしてもいまだガソリン車・ディーゼル車が大勢を占めていることに違いはありませんが、商用車の方が自家用車よりEV化がかなり遅れているのは確かだと言えるでしょう。
2.商用車は市場経済の大動脈
世界には約9,000万台の自動車が存在しますが、そのうち商用車は約1,500万台(小型商用車1100万台+バス・トラックなどの中大型商用車400万台)、つまり台数で言うと全体の約16%です。
しかし、商用車は自家用車よりサイズが大きく車重も重いうえ、市場経済の大動脈としてヒトやモノをたくさん積み込んだ状態で、自家用車よりも長い距離を毎日のように走り回っています。そのため、例えばEU圏内における商用車からのCO²排出量は、自動車全体の約3分の1に達している、つまり1台当たりに換算すると、約2倍のCO²を排出している計算になります。
あくまでデータ上の話になりますが、1台の商用車をEV化できれば自家用車1台をEV化する2倍のCO²削減効果が期待できるため、関係各所は商用車のEV化を急いでいるのです。
3.新型コロナウィルス感染拡大の影響も
近年、販売・小売市場におけるEC化が進んでいますが、新型コロナウィルスの世界的流行によってそのスピードはさらに速まり、ラストワンマイルを担う軽運送業者が活躍する機会も増えてきました。
そのため、軽運送業に欠かせない軽バンや軽トラックなどの商用車を、ガソリン車からEVに変換できれば、これまで以上にCO²削減を推し進めることができるはずです。また、活躍する機会が増えたにもかかわらず、他業種と同じく軽運送業界は労働力不足にあえいでいますが、電動化はその解決につながる「自動運転」の普及に欠かせない要素の1つでもあります。
商用車のEV化に向けた政府の方針と国内大手の動き商用車のEV化
ここからは商用車のEV化に向けた国内での取り組みを紹介します。
日本政府が2021年6月に発表した「グリーン成長戦略」
商用車のEV化、ひいては上方修正したCO²削減目標の達成に目指す欧米各国の積極的な動きを受け、日本政府も2021年6月に発表した「グリーン成長戦略」の中で、下記で示したような目標を掲げています。
【積載量8トン以上の大型商用車】
- 貨物・旅客事業等の商用用途に適する、電動車の開発・利用促進に向けた技術実証を進める。
- 2020年代に5,000台の先行導入、2030年までに2040年の電動車の普及目標を設定。
【積載量8トン以下の小型商用車】
- 2030年までに、EVやFCVといった電動車を20~30%にする。
- 2040年までに、電動車のほかCO²と水素の合成液体燃料「イーフューエル」で走る車両も合わせて100%にする。
積載量8t以下の小型商用車に関しては、ある程度具体的な数値目標を出していますが、より大幅なCO²削減効果が見込める大型商用車に関しては、ややざっくりとした目標を設定するにとどまっています。ただ、いずれにせよ同戦略の中で、「軽自動車や商用車等の電気自動車や燃、料電池自動車への転換について、特段の対策を講じていく」と触れていることからも、商用車のEV化に向けた取り組みを強化する意図が垣間見えます。
国内自動車大手が商用EVの開発のために結集
2021年7月21日、国内における2大軽自動車メーカーであるスズキとダイハツは、トヨタらが立ち上げた商用車の技術開発会社「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ(CJP)」に参画することを発表しました。
CJPとは、いすゞと日野が培ってきた商用事業の基盤に、トヨタのCASE技術を組み合わせることで、CASEの社会実装や普及に向けたスピードを加速させ、輸送業が抱える課題の解決や、カーボンニュートラル実現に貢献することを目標とした国家レベルのプロジェクト。
このプロジェクトに軽自動車メーカーが参画したことで、荷主から顧客そして大型車から小型・軽自動車まで、ロジテックのすべてが電動化の動きに巻き込まれ、カーボンニュートラルはもちろん、業務の効率化や生産性の向上など様々な波及効果も望めます。
ただ、脱炭素の効果が高く収益性も望める大型車に比べ、「商用軽は収益だけを考えると非常に厳しい」とトヨタ・豊田社長が発言している通り、コストを削減しつつ魅力的かつ機能的な軽商用車を生み出していけるかが、このプロジェクト成功の肝となるでしょう。
商用EV市場にチャンスを見出した新興勢力も台頭
政府や大手自動車メーカーは、それぞれの使命感に従って商用車のRV化を進めている節もありますが、後進組と言える新興勢力の中には、商用車のEV化をビジネスチャンスと捉え、参入するところも増えてきました。とくに、環境問題に対しての意識が比較的強いと言われている、ヨーロッパのスタートアップやベンチャー系企業は大手メーカーを出し抜き存在感を示そうと、商用EV市場への参入・参画を積極的に進めているようです。
英・べデオ インホイールモーターを用いたEVプラットフォームの開発を計画
英国の新進EVメーカーであるべデオは昨年、恒大集団系列のナショナル・エレクトリック・ビークル・スウェーデン(NEVS)が、インホイールモーターを開発・製造するスタートアップ企業の売却に踏み切った際、真っ先に名乗りを上げ話題になりました。
EV駆動輪の内部もしくは付近にモーターを配置し、タイヤを調節駆動するインホイールモーターは、スペースを必要とするパワートレインが存在しないため、その分広く車内空間を確保できるうえ、軽量化による航続可能距離の延長も期待されます。つまり、べデオは、広い車内空間と長い航続可能距離が必要な商用EVにうってつけと言える、インホイールモーターを用いたプラットフォームを開発することで、同市場における存在感を示そうと考えているのです。
スウェーデンのボルタ・トラックス 16トンEVトラックの生産を開始
積載量の多い大型トラックになればなるほど、大量のCO²を排出するためガソリン・ディーゼルからEVへの転換が必要ですが、中・小型車より強い動力源を確保する必要があり、EV化への道が困難だと言われてきました。
そんな中、スウェーデンの新興EVメーカーのボルタトラックは、世界初のEV16トントラック「ボルタゼロ」の生産を開始、2021年6月にはその現車を世界に向けて公開しています。
ボルタゼロは、都市部での輸送用途向けに設計されたトラックで乗車に定員は3名、ドライバーの座席はキャビン中央に位置しており、その左右に1人ずつ乗車するちょっと変わったレイアウトが特徴。そして、スペース的な自由度の高いEVの利点を生かし、既存トラックよりドライバーの着座位置がかなり低く設定、その周囲をフロントウィンドが囲んでいるため、ドライバーのアイポイントが下がり視界が広く保たれ、死角も最小限に抑えられています。
また、寿命が長く安全性の高いリン酸鉄系のリチウムイオン電池を採用したことで、一充電当たりの最大航続可能距離は150km~200km、最高速度は90km/hで8,600kgまで積載できると公表されていますから、都市部輸送という用途なら十二分に機能しそうです。
英・テッバ EV分野のみを追求して大資本に対抗
英国のEVトラックメーカー・テッバは、既存メーカーからトラックのフレームとキャビンをそのまま購入し、そこへ自社開発のモーター・バッテリー・ソフトウェアを搭載することで1台のEVトラックを仕上げてしまうという、合理的かつ効率的な手法を取っています。
同社でCEOを務めているアッシャー・ベネット氏は、ロイター通信の取材を受け「他社がすでに成功している部分に、改めて何億ドルも投資する必要はない」と語ったそうですが、まさしくその通りかもしれません。生産性を落とすことなくコストカットを実現しつつ、省エネによって地球環境や資源を保護することがEV転換の意義であるなら、この企業がやろうとしている取り組みは、まさに王道と言えるかもしれません。
まとめ
現時点では自家用EVよりも普及がかなり遅れている商用EVですが、数十台規模で社用車を保有している企業も多いため、EVへの転換による費用対効果が見込めるようになれば、一気に普及が進んでいくでしょう。とはいえ会社の規模や業種、所有台数や車種構成などによってEVへ転換すべきタイミングは変わってくるので、補助金・優遇税制といった政府の動きや、自動車関連各社による技術革新の進行状況を注視していきましょう。