センシングできればすべてがスマート化できる
堀内:「トレジャーデータは、2011年に3名の日本人によって米国シリコンバレーで設立された会社です。事業としては、大容量のログデータ(Web閲覧データ、各アプリケーション、モバイルログデータ、センサーデータなど)を収集、分析をしてマーケティングツールや各種サービスと連携することによって顧客の購買に関わる行動を理解するためのカスタマーデータプラットフォーム:CDPを提供しております。2018年からはArm社の一員となり、Armが提供する省電力でハイパフォーマンスなプロセッサー技術が搭載された様々なIoTデバイスからデータまで一貫して管理できるソリューションArm Pelionの中で、データの解析プラットフォームを担っています。」
北川:「スマートドライブでは、ドライブレコーダーやタイヤの空気圧センサーに至るまで、幅広くデータを収集しており、1日の運転を様々なデータの組み合わせによって数十万通りの軸で分析をしています。たとえば、ドライバーの運転状況によって一年後に事故を起こす確率が何%か予測出来るようなものだったり、エンジンをかけた瞬間にどこへ行くのかを推定するようなものだったり、データの収集・分析をしながら様々な用途に活用できるアルゴリズムを構築しています。そのアルゴリズムを活用すれば、今後、実用化されていくであろう自動運転においても必要になる、例えばタイヤの摩耗状況を解析してここまで減ったらメンテナンスしなくてはなりませんよと注意を促す仕組みを作ることも可能です。
スマートドライブ=“乗り物に関するサービス”というイメージが先行していますが、どちらかというと様々なモビリティサービスに使われるプラットフォームという立ち位置を目指しています。例えばライドシェアに関していえば、ライドシェアサービスに付随するサービス、という軸で何か広げていけるかな、と思っています。
シンガポールやマレーシアなどの東南アジアで展開しているGrabやGojekは、サービス自体は広がっていますが、新興国なのでそもそも車を購入できないようなドライバーがたくさんいるんです。だけど、GrabやGojekのドライバーになると月収50万円ぐらい稼げますよっていう世界で…。スマートドライブなら、ドライバーの運転を1週間トラッキングすることでその人の大体の報酬が予測して、これまでの仕組みではローンを組めない人にお金を貸したり、安全運転していたら保険を安くサポートしたり、良い運転をしているドライバーさんの運転の評価をエンドユーザーに見せてあげたりすることはできるかもしれません。
現在はクルマや保険に特化していますが、将来的には、大量のデータと技術を活かして幅広くサービスを展開していきたいと考えています。」
堀内:「なるほど。MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)というよりは、車に関わるサービス部門を執り行うということでしょうか。」
北川:「そうですね、車に限らず、幅広い観点でセンサーデータのプラットフォームになりたいなと思っています。車であれば、Gセンサー、ドライブレコーダー、タイヤの空気圧計などのデータを一つのプラットフォームに集めて、付加価値をつけた分析を提供することができますし、それがスマートドライブの強みです。」
堀内:「きっかけはドライブだけど、いまやスマートセンサーになっているということですよね。その裏にはアルゴリズムがたくさんあって、保険やローン、メンテナンスや行動分析にも使える。わかりやすくいうと、センシングできるものがあればすべてがスマート化できるということでしょうか。」
北川:「はい、そういうことです。あくまで移動にまつわる、という前提付きですが、デバイスも弊社が提供しているもの以外に4〜5社と連携しているので、より幅広く、深いデータを取得することができます。実はクルマだけでなく、コンテナなどでも使えるようになっているんですよ。」
堀内:「すごいですね。Armでは現在、コネクティビティ管理・デバイス管理・データ管理の機能を持つIoTデータプラットフォーム『Arm Pelion IoT Platform(以下、ペリオンIoTプラットフォーム)』を展開していますが、データプラットフォームとしてスマートドライブと一緒に組めないかなと考えています。そうすればワンパッケージ化できるので、お客様へもより良いサービスが提供できるはずです。」
Armとトレジャーデータのシナジー
北川:「英Arm社とトレジャーデータのシナジーはどうでしょうか。」
堀内:「そうですね、この話についてはArm側の観点でお話ししたほうがわかりやすいかもしれません。Armは30年以上続く歴史ある企業です。Armはコンピューターの頭脳にあたるプロセッサーの設計企業なのでArm自体がセンサーデータを持っているわけではありません。それでも今、世界にはArmが設計したチップが1,300億個以上も出荷されセンサーやデバイスの多くで利用されているし、近い未来には一兆に到達します。その伸びは今後も変わることはありません。そうなれば、すべてのセンサーからデータを取ってアルゴリズムを作ろうという企業が生まれるし、データはどんどん増えていくばかり。そうした将来を見据えた時、今後の売上げ成長を支えるにはデータが重要だと考えたと思うんです。
その発生していくデータを使って何かをしようというのは、Armのチップを使っている人たちが考える発想です。しかしそれだと、Armとしてはチップの設計情報をばらまくだけですし、そこから生まれるセンサーからデータを扱えるソリューションを持っていたほうが企業の成長につながるはずだという戦略の中で、ストリームテクノロジーズ社とトレジャーデータを買収したんだと思います。
Armがそこまでのソリューションを作ったので、私たちはそのデータを使ってどう世の中を変えていくか、どう動かなくてはならないかをより深く考えられるようになりました。デジタルマーケティングの時もそうでしたけど、データを集めて綺麗にして分析するためにデータのクレンジングと、プラットフォーム作りにもっとも時間がかかっていたんです。それが今後は一気に圧縮されるというのは心強い。
デジタルの場合、エッジ端末がスマホやウェブだったからコネクテッドされていた状態だったのでデータがどんどん集まっていました。それがモノに変わると、エッジからデータをどう吸い上げるのか、データが問題なく発生しているのかコントロールする課題をArmが解消できるようになります。」
モノ×データが導く無限の可能性と課題
堀内:「データが集まるといった点では昔も今も、最終製品のデータの方が圧倒的に多くて、工場内のデータってなかなか市場に出てこないんですよね。たとえば、冷蔵庫。温度や扉の開閉など、今は多くのセンサーが搭載されていますが、そこへさらに5G(第5世代移動通信システム)が普及されていくと、低コストかつ低消費電力なネットワークシステムの大容量化が実現し、さらなるモノ×データの可能性が広がっていきます。トレジャーデータとスマートドライブが組めば、裏にデータを蓄積する場所を持ち、表はソリューション提供をしながら最適化されていくという世界が提案できるんじゃないでしょうか。」
北川:「実現できると思います。スマートドライブの強みは、センサーデータに特化した付加価値を生み出すアルゴリズムを突き詰めて作り込んでいるところです。例えば事故リスクの分析など特化しているため精度は非常に高いですし、オープンプラットフォームというポリシーのため、複数の会社からから事故データなどのデータをいただくことができます。」
堀内:「なかなかそういう立場にいる企業っていませんよね。メーカーと違って中立的な立場でフラットにデータを大量に集めることができる、データが大量に集まれば機械学習の精度も高まります。それがまた、強みになる。」
北川:「おっしゃる通りです。そのバリューをもっと丁寧に、わかりやすく伝えていければいいのですが…。」
堀内:「ただ、最近の傾向として、プラットフォームが強大になりすぎると脅威を感じられてしまうというか、強迫観念を抱かれてしまう場合があるんですよね。GAFAみたいに。」
北川:「そういった傾向はありますね。また、スタートアップ企業単体だと、信用力という面でまだ弱い部分があるので、同じプラットフォーム企業であっても補完関係のある会社とは一緒に組んで信用力と技術的なケイパビリティを補完しています。」
IoTはさらに進化を遂げる
北川:「IoTは今後、私たちの生活の中でどのようにつながり、世界を変えていくでしょうか。」
堀内:「Armが持っている半導体のIPを、現在、機械学習や自動車向けにも改良しています。それによってチップ自体がAI処理の一部を担うようになったうえ、トレジャーデータと同時期にArmがMVNOのSIMを扱っているストリームテクノロジーズという会社を買収したことで、グローバルのオペレーションでローミングができるようになったんです。
たとえばシッピングでコンテナが東京からヨーロッパに向かうとしましょう。人がいなくても勝手にデータ通信を切り替え、つながった状態が続くようになります。
さらに5Gが普及すれば、短距離で膨大な数のモノとつながることができるようになります。5Gは低遅延なので、アンテナが二つあった時の切り替えが早い。つまり、高速にダウンロードできるだけではなく、アンテナをスイッチした時の遅延がなくなるので、高速で移動している時でも途切れず、尚且つ大量のデータとつながることができるようになります。そういう世界になっていけばどこからでもデータを拾うことができますし、今後は瞬間的にデータの要不要を判断してアルゴリズムが向上するものだけ貯めるというように、切り分けができるようになるでしょう。品質チェックの際にパッと見て欠陥があれば排除する、そんなイメージですね。」
北川:「そういう世界観が普及するには、現在、何が足りないと感じますか?」
堀内:「一番は人のマインドセットです。なんでも初めはそうかも知れませんが、新しいモノが広がりはじめてから人の意識が変わるまでにはおよそ3年程度はかかるなと感じています。しかも、それはその人の心に刺さってから“3年”なので、変わるタイミングはバラバラ。だからとにかく今は広げていくしかないと思うんですよ。
もう一点は、IoTとITの改善速度が違うと理解すること。ITだとすぐに作ってリリースして、改善してというサイクルが短いですが、IoTはモノを作る速度と同じなので、リリースするまでに何年もかかります。少し前まで、IoTはインターネットの速度で進化していくという期待感を持たれていましたが、IT側の人たちは今マインドが変わりつつあり、その速度感を理解しています。
三つ目は、データソースとユースケースがバラバラすぎることです。デジタルマーケティングの場合は、ウェブのログとモバイルアプリのログ、広告のログ、購買ログなど、追跡する対象がヒトの行動ログのみです。だから、データソースは数種類だけですし、追跡するのはヒトの心理状態だけで良かったんです。
それが物流の最適化になると、自動車のデータとモノのデータ、購買データ、温度から湿度と、対象がとにかく広い。また、工場の機械は、同じ会社の同じ型番の機械であっても製造年月日によってデータが異なるといいます。そうした変数のデータを複数のアルゴリズムで解析して、やっとトラック内をどのような環境にすべきか、どのような配送ルートが最適であるかという議論ができるんです。
しかも、これらのデータは物流関連の会社にしか必要とされません。そうなると汎用性が低くなるのでディールサイズが大きくないとペイしません。そうなると意思決定も長くなりますし、PoCも必要になるしと、どんどん複雑化していきます。そうしたデータの扱いが違うところが、IoTが複雑で非常に時間がかかるものだと思われる所以です。ですので、うまく組み合わせを考えていかなくてはならないんです。」
北川:「カスタマイズしてくれるAIベンダーのニーズが拡大しているのはそれが理由ですね。」
堀内:「結局のところ、外販が難しいんですよね。過去に私がコンサルティング会社で担当していたBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)と一緒で、プロセスの全体像をつまびらかに見せて、順番を組み替えたり、業務を見直したり、新たな業務を足したり、細かく検討していかなくてはならないので、ざっくり見てここをこうしようという議論が成り立たないんです。そういう意味ではソースコードに近いかもしれません。」