交通データ関連のAPI公開事例
まずは1つ具体的な事例を紹介しましょう。
アメリカで2番目に大きい損害保険会社Liberty Mutual(リバティーミューチュアル。以下リバティ社)傘下のSolaria Labsは2017年1月、APIを公開していくことを発表しました。
同社のAPIは事故を起こした時の修理費を見積もるAIが組み込まれています。
たとえばユーザーが事故にあった時、その損傷部分をスマートフォンなどで撮影してアプリからアップします。するとストックしてある多数の画像データと比較して、過去の事例からどの程度の修理代がかかるか見積もってユーザーに伝えてくれます。
このAPIでは画像データだけでなく、リバティ社が保有している多様な保険情報データもストックしており、一般公開されているデータと組み合わせることで、ユーザーにとって有益な情報を提供できます。
TechCrunchの記事によれば、リバティ社のアシスタントVP、Ted Kwartler氏はこう述べました。
保険の専門知識と消費者情報を合わせて、利用できるサービスやデータの整理の仕方などをガイドする(出典 : TechCrunch Japan「自動車保険も将来はAIになる…Liberty MutualがAPIポータルを開設」)
一般公開情報には車の盗難や駐車情報、事故に関するデータが含まれており、専門的な保険情報と組み合わせることでユーザーにとって有益なルートや、駐車場案内が可能になるとされています。
一方でひとつ心配なのは、集められたデータに含まれる個人情報の扱いですがKwartler氏はこうも述べています。
Liberty Mutualは同社が集めた個人を同定できるデータを、法律で定められた機関以外のサードパーティにシェアしない
APIを通してアクセスできる情報に、個人を特定できるデータが含まれないことは大原則でしょう。
交通に関するAPI公開は、これからの世界で個人に何をもたらすか
こうした交通に関わるAPI公開は、もちろんその情報を入手できる地域の住民、その地域を通過、あるいは利用するドライバーにとって非常に有益です。
日本の交通事情で例えれば、それは渋滞予測情報をより正確にするでしょう。
それだけではありません。
駐車場の空き情報や店舗の混雑状況までデータを入手できれば、目的のためにはどの店舗に向かい、どのようなルートを通ることが効率的であるか、単に車の運転にとどまらないナビゲーションを可能にします。
それが可能になれば、たとえばある用事を済ませるために往復3時間を見込んでいたところ、実際には倍の6時間がかかってしまい、その後のスケジュールのいくつかをあきらめざるをえない、というリスクはだいぶ減ることに。
もちろん日々の生活には不意のアクシデントやちょっとした用事の追加は付き物ですが、その後のスケジュール調整にも「有能な秘書」として大いに役立つことでしょう。
そうなれば、単に交通だけにとどまらず日常生活のコンシュルジュ的な役割を期待できます。
もちろん、そこに卑屈さを感じ、もっと気ままに生きてみようと思えば、そのコンシュルジュのスイッチをOFFにしてしまえばいいだけのことです。
都市のあり方にも大きな影響を与えるAPI
また、こうしたデータはユーザー個人ひとりひとりにとって恩恵を受けるだけに留まりません。
行政などで都市計画に携わる者にとっては、しばしば情報不足による予測の失敗で、思わぬ結果に繋がることもあります。
渋滞を減らすために開通させたバイパス道路が、既存の道路との合流地点でさらに大規模な渋滞の原因を生み出したり、事故増加要因を生んだりする事例を、皆さんも目の当たりにしたことが多いのでは無いでしょうか?
あるいは赤字となった公共交通機関の廃止で車社会への移行が加速した結果、渋滞の悪化や事故の増加による特定地域への人の流れが滞り、商業的な空洞化を招いて都市計画の失敗事例となったこともあるでしょう。
そうした過去の事例を繰り返すかどうかは、さまざまなサービスと提携して十分なデータの集積と公開が行われているAPIへのアクセスが非常に効果的で、データを分析するAIがそこに加われば、都市計画とその影響を見積もるシミュレーションの精度は非常に高まります。
その初期の実例は既に始まっており、スマートフォンやPCのアプリによる配車サービスで有名なUberは、その展開地域で交通の流れを点数化したデータを提供する「Moment」というWEBサイトを開設しました。
Uber自体の目的としては、都市交通の円滑化で自身のサービス品質向上はもちろんですが、サービス提供地域の自治体などと良好な関係を構築したいという意図があるようです。
Momentにアクセスするユーザーとしては都市計画の担当者や研究者を対象としており、それに携わる人々が、より良い決断をくだせる助けになれば、そう考えられています。
ここでももちろん個人を特定可能なデータは閲覧できないようになっており、それが十分保護できないと判断された地域ではデータそのものが検索できない、それほどガードは固くなっているので、プライバシー問題に関して急激に危機感を高める必要は無いでしょう。
APIで公開されるデータは、どのようなものが有益か?
このように、公開されたAPIを利用したサービスは個人から行政レベルまで幅広い分野での応用が期待されていますが、具体的にどのようなデータが役立つでしょうか?
まずどんな分野でも共通して有益なのは、渋滞や工事に関わる道路交通情報でしょう。
個人から企業レベルまで、移動や物流に要する時間を把握し、適切なルートを提供するのにこれほど役立つものはありません。
また、事故多発地点についての情報も、保険会社や警察機関などから公開可能な範囲のデータが集まれば、単にそこで事故が多発するだけではなく、いつどのような状況で事故が多発するのか、より細かいデータを抽出することが可能になります。
それによってドライバーはその地点を回避することも、あるいはリスクが高いながらも通過を余儀なくされる場合は、車両の端末などを通して警告を受けることもできるでしょう。
その際に、どのようなリスクが待っているのかを伝達可能なことは言うまでもありません。
交通経路だけではなく、目的地のデータからさらに有益な効果も
そこから先、業種や個人の目的によっては、さらに細かいデータを受け取ることで、効率化をさらに進めることもできます。
買い物に出かける個人であれば、商業施設や駐車場の混雑状況と、到着時間にどのような状況か予測することから、「どこに行くとどのくらいの時間がかかるか」いくつかの選択肢を提示することが可能になるはずです。
ユーザーはそれに対して、どうしてもその場所に行くか、それとも違う場所に向かうかを、時間などのリスクを把握した上で選択できます。
また、物流業者であれば、トラックが集まるターミナルや、休憩可能な場所の混雑状況からドライバーは待機時間や休憩時間の予測ができます。
さらに荷物の仕分けを行う施設でも、どのようにトラックが集まってくるのか、それに対して人員は足りるのか、足りなければ提携している企業の仕分け場にトラックを誘導することが可能なのか、将来的にはより確度の高い予測ができることになるでしょう。
カギとなるのは、プライバシーの保護
とはいえ、いつでも重要視されるのは個人を特定したデータの取り扱いです。
例えば、ある人物と確実に待ち合わせをしたいからと言って、APIでその人物の現在位置や移動予測情報を閲覧できるようでは、明らかにプライバシーの侵害です。
この点はUberのように個人がその車両を配車したり、カーシェアリングを行うサービスにおいてあまり細かく個人を特定できるようなデータの閲覧は戒めるべきでしょう。
同様に、物流面でも日本で問題になっている「宅配業者の再配達での留守問題」を解決するため、配達先が留守かどうかまで把握できてしまうと、防犯面で重大な問題を引き起こします。
そうした個人のプライバシーや防犯面のリスクまで丸裸になってしまわないよう、APIを公開、あるいはそこにアクセスしてサービスを提供しようとする事業者は、そこから得られるデータと特定の個人がひも付けできないよう、十分な配慮が必要になります。
終わりに
うまく使えば個人から事業者、行政まであらゆる面で効率化を可能にするAPI公開サービス。
スケジュールの乱れによるトラブル要因の排除にも大きく役立つ一方、新たなトラブルの原因にならないように調整していけば、少ないリスクで大きな経済効果から、個人の余暇拡大までその効果ははかりしれません。
現在は海外発の事例が先行していますが、「目的地に早く確実に到着し、用事を迅速に終わらせたい」という目的が明確な日本では、よりマッチするのではないでしょうか?