【対談:前編】サステナブルなまちづくりを — 東急電鉄が目指すMaaSの終着駅

【対談:前編】サステナブルなまちづくりを — 東急電鉄が目指すMaaSの終着駅

少子高齢化による過疎化や人口の減少、全業種における人手不足、ライフコースの遅延…。時代が前に進むとともに、国内が抱える課題も多様化しています。そんな中、移動の効率化を推し進めるために広がっているのがMaaSという概念です。

バスや電車だけでなく、不動産や生活サービス、ホテル・リゾートなど、多角的に人々の暮らしを支えている東急グループは、2019年には伊豆の下田で大規模な実証実験を開始、自社の強みを活かしつつ先頭に立ってMaaSを推進しています。今回の対談では、東京急行電鉄株式会社で事業開発室 プロジェクト推進部 プロジェクトチーム課長である森田創(もりたそう)さま、東急アクセラレートプログラム運営統括の加藤由将(かとうよしまさ)さまをお招きし、東急グループが目指すMaaSの目的地、現在取り組んでいるプロジェクトについてお話を伺いました。

MaaSの始発駅

北川:「本日はよろしくお願いします。早速ですが、お二人がMaaSに関する事業に携わるようになったきっかけを教えていただけますか。」

森田:私は1999年に東京急行電鉄株式会社(以下、東急電鉄)に入社し、初めは海外事業部に所属していました。そこで担当したのは、オーストラリアのパースという約5,000ha(山手線の内側の面積と同じぐらい)の広さの土地で都市開発をする仕事。それから入社3年目に入った頃、自分で新規事業を興しました。今も同じような制度が社内にありますが、自分が立ち上げたい新規事業を書いて目安箱みたいなところに入れると、その企画書が審査されてプレゼンの権利がもらえるんです。その事業案が無事に通り、2002から2005年までは事業責任者を担当していました。

その後、社内でヒカリエの建設計画が持ち上がった際にプランナーの公募があったので、自ら進んで参画。ヒカリエの中核施設として音楽や演劇を上演するシアターオーブという劇場があるのですが、そこの責任者に就任し、演劇プロデューサーとして5年間、情熱を注ぎ込みました。その後、本社に戻り、2014年から広報課長に就任、2018年4月から事業開発室プロジェクト推進部で新規事業を推進することとなり、現在に至ります。」

加藤:「私は入社から4年ほど経理業務を担当し、次に『東急電鉄 住まいと暮らしのコンシェルジュ』事業の立ち上げを経験しました。その事業をきっかけに、新規事業を興す再現性をアカデミックに捉えたいと考え、自費でMBAを取得し、その後、東急アクセラレートプログラム(以下、TAP)を立ち上げました。当時は都市開発を行っている不動産部門に所属していたこともあり、渋谷の再開発に着目し、ハード以外のソフトの部分で大小さまざまな企業やヒトとのコミュニティをどう築いていくかということ。

その考えを軸に、東急グループが持っているアセットやリソースを活用してスタートアップの成長支援を行う目的でTAPが始動し、現在、5期目に突入したところです。また、2019年7月にテクノロジーのインプリメンテーションにフォーカスした施設『Shibuya Open Innovation Lab(SOIL)』を開業し、スタートアップを中心に渋谷のイノベーションエコシステムを強化していきます。」

スタートアップとの連携でより多角的なまちづくりを

北川:「ちなみに、どのような背景で『TAP』が立ち上げられたのか、また、そこではどんなご実績があるのかを具体的に伺えますか?」

加藤:「TAPは、スタートアップと共にワクワク・ドキドキするまちづくりをしようという大きなコンセプトを基に立ち上げたプロジェクトです。東急グループが持っている事業部門だけですと、どうしても内部リソースに捉われた発想になってしまう部分があって…。より多角的に、いろんな視点と角度からまちづくりの仕組みを作っていきたいという意図から、スタートアップとの連携を検討し始めました。
スタートアップといっても非常に幅広いサービスの企業様がいらっしゃいますが、TAPでの受賞者は東急グループでは作れないものを提供している企業が多いですね。たとえば、テクノロジーを活用して訪日外国人にどうやってアプローチして、動かしていくシステムや仕組みを持っている企業とか。」

北川:「なるほど…。事業シナジーがあるかどうかを優先して提携しているということでしょうか。」

加藤:「そうですね、東急は純投資は行っていませんし、東急グループが持っている事業を補完できるサービスかどうかをしっかり理解するために、まずは事業提携をさせていただいています。PoCを繰り返しながら、互いにマッチして関係性を維持することになったら出資するという考え方です。」

北川:「TAPの実績を拝見すると積極的にスタートアップ企業と業務提携などを進めてらっしゃいますが、その中にMaaS関連のスタートアップ企業はいますか?」

加藤:「まだ提携はしていませんが、空の移動を安く利用できるライドシェアサービス企業やタクシーの相乗りサービスを提供している企業、その他には、電動スケーターなどの活用を推し進めている企業などとは現在協議を進めている最中です。」

東急電鉄が考える二軸のMaaS

北川:「そのようなMaaS関連のスタートアップとの取り組みが実現するとすます人々の生活環境は快適になりそうですね。東急グループとMaaSの関係性を考えると、一見“不動産=動かない/固定された場所”というイメージがあるので直結しづらい印象があるかもしれませんが、私個人としては非常にシナジーがあると感じています。MaaSは個人個人の捉え方や考え方によって見え方が違ってくるため、カチッと定義することがなかなか難しかったりしますが、東急電鉄社はMaaSをどのように捉え、どの領域に興味をお持ちか、教えていただけますか? 」

森田:「それでは広義のMaaSと狭義のMaaSと、二つに分けて説明させていただきますね。そもそものMaaSは、フィンランドや北欧で少子高齢化が進み、人や車が少なくなったことから移動を効率化するために浸透した概念です。フィンランドの場合、通信インフラや無線技術を中心に開発しているノキアによって最先端技術が蓄積されていましたし、総スマート化に向けた政府の思惑とモビリティや人の最大活用という考えがうまくマッチした事例だと言えるでしょう。

一方で、東急グループは乗り物単体ではなく、まちづくりの会社です。ですので、不動産やリゾート、乗り物など、いくつもグループ企業があるうち鉄道・バスの売り上げは15%ぐらい。つまり、乗り物はまちづくりの一部にしか過ぎず、その街に心地よく住んでいただくために、住みやすい街へと整えることの方が私たちにとって重要なわけです。となると、セキュリティや電力・ガス、ケーブルテレビや学校などが必要不可欠になりますが、それらすべてのコンポーネントを持っていることが東急グループの強みでもあります。そして、その強みを一番活かすことができるのが、沿線におけるMaaSです。

沿線におけるMaaSの最終目的地は、車が運転できなくなっても、年をいくつ重ねても、安心してこの街に住み続けていられるという世界観を作ること。それを実現するには、モビリティとあらゆる生活サービスをコネクトして、快適な環境を作っていかなくてはなりません。そういう意味で、今まで東急グループが培ってきた資産と私たちが考えるMaaSがうまくフィットしていると思っています。これが広義のMaaSです。

そして、もうひとつが観光型MaaS。英語で言うとRural MaaS(ルーラル・マース)と言いますが、今年度から、国内外の観光客や駅、空港から二次交通(バス、タクシー、カーシェアリングなど)をスマホで検索・予約・決済し、目的地までシームレスに移動できるという観光型MaaSの実証実験を伊豆で開始しました。これはアジア圏では初の大規模な取り組みです。

観光という言葉が付いてはいますが、みなさん観光っていうとオープンになってくれるからそうつけているだけで、実は根深い課題があるんです。観光地は人口低下が著しい過疎地が多いのですが、観光地といっても朝早くから夜遅くまで観光客がいるかといったらそういうわけでもない。

要するに、その地域を支えるのはそこに暮らしている方たちなのです。都心部のように24時間移動手段が必要とまではいきませんが、少子高齢化で人口の減少が加速していても、その地域に住む方たちが問題なく生活できるように必要最低限のインフラを整えなくてはなりません。そこで、少ないドライバーや乗り物をうまく平準化させるために、二毛作ができないだろうかと考えたのです。

観光型MaaSというと、そこの地域にたくさんの人をおくることだと思われがちですが、定着させるには、そこに住む方たちを巻き込んで、その方たちの移動や暮らしといった根本的な問題を解決していかなくてはなりません。沿線には沿線、その土地にはその土地の課題があるのでアプローチ方法はそれぞれ異なりますが、地域の課題を先端技術で解決して世直しするすべてのプロセス—− それが『IT世直し』であり、イコールMaaSだと思っています。」

ハード面とソフト面、MaaSでどちらも強化する

北川:「AからBに行くときの手段を最適化するというのが一般的なMaaSですが、それがさらに進むと、『AからB に行くのであれば、Bにあるこの施設に行くともっと楽しいですよ』と案内したり、どこに行こうか迷っている人を特定の施設に誘導したり、ユーザーの行動を予測して変えて行くことが可能になります。そのような文脈ではスマートドライブのリソースを有効的に活用いただけるかもしれません。

スマートドライブでは、エンジンをかけた瞬間にその人が今日どこに行くのかがある程度推定できますので、たとえばですが、移動の中で近くにある東急の施設へと促すことも可能です。」

森田:「互いにシナジーを生むことは可能だと思います。その際に、重要なことを二つお伝えさせてください。
MaaSを浸透させるためにはオペレーションを整え、伝えていかなくてはなりませんが、地方ではバスやタクシーのドライバーの平均年齢が65歳だったりしますので、変えるということ自体が容易ではありません。

現在、伊豆半島で東急グループの子会社含むタクシー会社3社でMaaSを進めていますが、タブレットやスマホが『これはなんだ?どうすればいいんだ?』というところからスタートしました。教習を綿密に行ったおかげで今はオペレーションがスムーズになりましたが、バスにしろタクシーにしろ、一気にモダナイズするのではなく、ステップをしっかり踏んで進めていかなくてはならないと実感しましたね。

私たちが推進しているMaaSはパブリックトランスポーテーションの延長ですから、事故は絶対に起こしてはいけませんし、オペレーションがしっかり安定してこそ、枝葉として他のことができるようになるんです。この取り組みを長く続けていくためにも、オペレーションを確実に行うことが2019年のファーストプライオリティだと思っています。

二つ目は、アルゴリズムを構築するにはある程度の母数が必要だということです。
4月から伊豆エリアをシームレスに移動できる専用アプリ『Izuko(いずこ)』の提供を開始していますが、なるべく多くの方にダウンロードいただければ、そのぶんさまざまなデータが蓄積されるようになっています。

アプリ内では、スマホの画面を見せるだけで乗車や割引が適用されるデジタルフリーパス(DFP)が購入できますが、これはオンデマンド交通を通常料金よりお得に利用できるだけでなく、水族館や美術館など一部の観光施設で割引を受けられるというチケットです。

つまり、アプリを利用していただければいただくほど、観光という視点ではどのような動きが多く、どの場所でどのようなユーザーが獲得でき、どのようなニーズがあるのかというデータが蓄積されます。そうすれば効果検証がしやすくなりますし、利用者にとってより良いものへするための改善がしやすくなります。」

北川:「鉄道やバス、タクシー、不動産といったハードのビジネスから、今後は体験を提供するというようなソフトのサービスにシフトしていくイメージでしょうか?」

森田:「今の話の延長になってしまいますが、アルゴリズムが低くなるのが沿線です。普段から観光のようにあちらこちらへと大きな移動をする方はほぼいませんので、7〜8割は日常生活での利用になります。そうすると移動や場所の快適性といったハード面の方が重要になる。一方、観光型では観光開発の要素が強いため、こちらからプッシュしたり開発したりということが重要になる。

どちらも多角的なアプローチができると思いますし、どちらかではなく、私たちにとっては両方とも重要です。東急グループでは2000年ぐらいから『ストックtoフロー』という言葉を掲げていて、所有する時代から、資産をいかに活用するかを重要視したサービスを展開するように進めています。これはまさしく今の時代にあった考え方かもしれませんね。」

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