絶好調のように見えるハイテク自動車メーカー、テスラ
今思えば、2006年に発表され2008年にようやくデリバリーが開始されたテスラ初の自動車、「テスラ ロードスター」を見た時に、テスラの現在を予見した人はどれだけいたでしょうか?
ロータスのエリーゼ系ライトウェイトオープンスポーツをベースに改設計し、大量のバッテリーを搭載したEV(電気自動車)スポーツを見て、またどこかのスタートアップ企業が面白いことを始めた、その程度の認識だった人が多いと思います。
それが今や高級セダンのモデルS、同じくSUVでありながら凄まじい動力性能を持つモデルXがリリースされ、ちょっとクルマに興味があれば知らぬ人がいないほどの存在になりました。
単にハイパフォーマンスのEVというだけではなくオートパイロットと呼ばれる運転支援装置を搭載。
テスラは公式に「オートパイロットは運転支援装置である」として、自動運転車ではないと明言していますが、新奇なものに飛びつくユーザーによって「事実上世界初の市販自動運転車」として使用されています。
それゆえに事故が起きれば報道の的になり、死亡事故に発展すれば責任が追及されることもありますが、将来的に自動運転に結び付く運転支援システムの分野で世界最大の実績を上げていることは誰も否定できないでしょう。
好調だったロードスター、モデルS、モデルXに続き、はるかに廉価なモデル3も発表。
ほかにも独自のEV用急速充電器「スーパーチャージャー」を設置、家庭向けの太陽電池「ソーラー・ルーフ」に「ソーラー・ウォール」などをリリース。まさにハイテク環境分野において、テスラは絶好調と言えます。
大量に予約が殺到したモデル3への懸念
しかし、テスラは急速にその規模を拡大させたが故の「ひずみ」を抱えているのも事実です。
代表的なのがテスラ大躍進の象徴ともされている、新型のEVエントリーモデル「モデル3」でしょう。
2016年3月31日に予約が開始されたモデル3は、予約の殺到によりその当初40万台ものオーダーを抱えたと言われ、自動車界では大ニュースになりました。
その後、誰もが冷静さを取り戻したのか8,000台ものキャンセルがあり、さらにリストの重複が4,200件ほど見つかったため、結局初期の予約は37万3,000台で落ち着きました。
とはいえ、これまで高級車ばかりリリースしてきたテスラが手がける、初めての大衆車(モデル3の最低価格は3万5,000ドル…約388万円)でありながら、異例とも言える数の予約が入ったのは明らかです。
2017年末に北米からデリバリーが始まった後、日本も含む世界各国に輸出されるモデル3ですが、そのスケジュールや技術的な問題より、一層深刻かもしれない問題がテスラにはあります。
その問題とはテスラ自体の生産台数です。
あまりにも少ないテスラの生産台数
元々GMの工場して誕生し、トヨタと合弁後は合弁工場「NUUMI」として稼働したカリフォルニア州フリーモントの工場を、両社の合弁解消後にテスラが買収。2012年以降「テスラファクトリー」として稼働させてきました。
バッテリーセルはパナソニックとの提携で購入してきましたが、車体やパワーユニットはテスラファクトリーで自社生産されてきたわけです。
その生産数は年を追うごとに増加したものの、2015年以降は頭打ちの傾向が出てきます。
実際、モデルSに続いて2015年より発売開始されたモデルXは、好調な受注とは裏腹にテスラファクトリーでの生産が間に合わず、大量のバックオーダーを抱えてしまいました。
同年オランダのティルブルフにモデルSなどの組み立て工場を開いたものの、全く追い付かなかったわけです。
それは現在でも十分に解消されたとは言えず、2016年第3四半期の生産台数は25,185台。
第4四半期も同程度か若干上回る見通しとされ、以前のガイダンスで発表された31,200台には遠く及ばないとされています。
つまり現在のテスラには年間10万台程度の生産能力しか無いとされており、モデルSやモデルXの生産だけでも当初予定を達成できない状態から、2017年末以降にどうやってモデル3のデリバリーを行うのか、というわけです。
バッテリー需要への唯一の解決策「Gigafactory」
とはいえ、テスラも現状にただ困り果てているわけではありません。
米ネバダ州スパークスの東32kmにある砂漠のど真ん中、そのような場所に同社は「Gigafactory(ギアファクトリー)」と呼ばれる、史上空前の規模を誇るバッテリー工場を建設しています。
2014年6月に建設が開始されたGigafactoryは、そのあまりの規模から一度には完成せず、14%が完成した段階で2016年7月29日にオープニングセレモニーを行いました。
実際にバッテリーの生産を開始するのは2017年からになるようですが、2020年にはフル稼働が可能になる予定としています。
フル稼働すると、リチウムイオンバッテリーの年間生産量は2013年に全世界で生産されたリチウムイオンバッテリーの合計数を上回ると言われていますから、同工場がどれだけの規模を誇るかわかると思います。
同社としては「これ以外に自社の需要を賄う方法がない」ということで、まさに同工場が最強の切り札と言えるでしょう。
生産はロボット、電力はエコ
Gigafactoryでの生産にはロボットが多用されるため、現在は操業の準備を進めながら、ロボットなど生産設備の増強を工場の建設と並行して進めているところです。
もちろん全てをロボットが行うわけではなく、1万人規模で雇用が生まれるため、地元ネバダ州からも補助金を受けています。
電力も将来的には多数の太陽光発電パネルと風力発電の風車が並ぶようになり、環境対策車を自然のエコなパワーで作るという、超未来的な工場になるというわけです。
ただし現在はまだ建設中のために、広大な敷地に普通の工場建屋が並んでいるようにしか見えません。完成予想図では屋根一面に並んだ太陽光発電パネルで、工場というよりメガソーラー発電所のように見えます。
Gigafactoryなどで年間生産台数を5倍に
このGigafactoryでバッテリー需要を満たすことで、テスラは生産台数を現在の10万台レベルから、一挙に50万台へと引き上げようとしています。
モデル3の初期オーダーで37万台以上が集まったのですから、2017年末のデリバリー時に現在の生産能力ですと、3年半以上分のバックオーダーを抱えていることに。当初2020年を予定していた「生産台数50万台計画」を2018年に前倒しすることになりました。
そのためにはGigafactoryの操業計画も前倒しになりますが、車体生産もテスラファクトリーだけでは間に合わないため、2016年11月8日にはドイツのGrohmann Engineeringを買収、Tesla Grohmann Automationと改名しています。
テスラはこれを基礎に高度なオートメーション化を進めたTesla Advanced Automation Germanyを設立する予定で、ヨーロッパでのモデル3需要対策とするとのこと。バッテリーだけではなく車体やパワーユニットも含め、急速な増産体制が整えられているのです。
テスラの綱渡りとテスラキラーへの対応
こうした急速な拡大路線の陰で、テスラはいくつかのトラブルも抱えています。
Gigafactoryの建設現場では、ネバダ州外から「賃金の安い労働者」を受け入れたことで建設労働者の一部が作業をボイコットする騒ぎや、雇用確保のため補助金を出しているネバダ州からも批判が起こっています。
工場の建設が遅れる懸念が伝えられているほか、建設コストや工場の運営費用も見積もりが甘すぎたのではないかと言われているのです。
さらに同社のパートナーもうまく追加できていないことから、Giagafactoryで実現できるはずの「バッテリーコスト30%削減」が困難になりつつあるのではないか、という見方もあります。
そうなると新型のモデル3を低価格EVとして販売することが困難になり、同程度の性能でモデル3より安価な3万ドル(約333万円)で2017年に販売されるGMのEV、「Bolt」に対抗できなくなるでしょう。
GMのこの「テスラキラー」に対抗する意味でも、テスラは何としてもGigafactoryの早期稼働とフル生産の前倒しを行うことでモデル3のキャンセルを防がねばなりません。ただ、その道は簡単ではなさそうです。
VWも中国版Gigafactoryを建設?
Gigafactoryはもしかすると「史上空前規模のバッテリー工場」になるかもしれませんが、その座はいつまでも続かないかもしれません。
最近になってEVの大量生産・普及へと大きく舵を切ったドイツのVW(フォルクスワーゲン)が、やはり世界最大規模のバッテリー工場を作ろうとしているからです。
EVの市場として今後世界最大規模に成長するとみられる中国がその有力候補と見られており、中国企業の投資も呼び込もうとしています。しかも、VWの場合は10年後には年間300万台規模でEVを生産しようという計画ですから、テスラとはひと桁違うことになり、工場の規模もそれに見合ったものとなるでしょう。
EV競争はすなわちバッテリー競争にほかなりませんから、これまで先行していたとはいえ、テスラも今まで以上に慎重、かつ大胆なプランが求められそうです。