国全体で監視されている中国
スマートグラス一つで不正行為や犯罪を簡単に取り締まることができ、安心・安全な世界が実現する….?
中国公安部が2015年に「いつでもどこでも、完全にインターネットに接続し、完全にコントロールされた」ネットワークの実現を目指すことを明らかにしてから、非常に早いスピードで顔認証システムと監視カメラが普及されつつあります。
すでに1億7,000万台の監視カメラが中国国内に設置されていますが、政府の目標は2020年までにその3倍以上にすること。それが実現すれば、およそ13億人という人口で考えても、1台の監視カメラが国民2人を日々監視することになります。
南省の州都・鄭州市のから徐々に導入され、人や車の出入りが多い北京でも3月から導入されました。北京の高速道路の検問所では、ドライバーの顔と車のナンバープレートを「ブラックリスト」とリアルタイムで照合。
リストと一致した場合はスマートグラスに警告が表示されます。さらに最近では、ある歌手のコンサート会場に設置されている顔認証技術を用いた監視システムから、指名手配の容疑者が次々と摘発されました。実際に、使用開始から間もなくして十数名の容疑者を特定し拘束されています。駅や空港、高速道路だけでなく、より身近な生活空間に監視システムが導入されつつあるようです。
中国は顔認識システムで技術の進歩をアピールしつつ、当局が国民監視網を強化していることを明確に示しました。さらに、公安部は現状数十秒かかっている認識までの時間を、全国民3秒以内にすることを目指しているのです。
まだ驚くべきことがあります。中国・北京にある天壇公園は世界遺産にも登録されていますが、公園内に設置されている公衆トイレでも同様のシステムが導入されました。トイレの入り口にある顔認証システムで自分の顔をスキャンしなければ、トイレットペーパーはもらえません。顔認証をして9分待った上でトイレットペーパーをもらえるのですが、その長さは60cmまで。トイレットペーパーの無駄遣いを防ぐという理由もわかりますが、急いでトイレに入りたい人からすると…。
しかし顔認証システムの導入によって、1日に40ロール使われていたトイレットペーパーは、半分の20ロールに減少。犯罪や不正行為に効果はあるかもしれませんが、一般の人がすべての行動を制限されるのはなかなか辛いことかもしれません。
中国で運用されている高精度なAIシステム
2030年までにAIで世界をリードすることを目指し、「AI First Country」を国策として掲げている中国政府。犯罪抑制だけに止まることなく、一般市民の行動もすべて監視するためにプラットフォームの開発を進めています。このプロジェクトは「Sharp Eyes」と呼ばれ、近隣の人、友人、さらには家族を監視して報告する意思があるという考え方に基づき開発されています。
「Sharp Eyes」は、国内で設置された監視カメラの映像を集め、AIで解析するというもの。政府の監視カメラは道路をはじめショッピングモールや駅、空港に設置されていますが、今後はオフィスビルやマンションに設置されているカメラからの映像も統合されることになります。
政府は中国の民間企業やスタートアップ企業と手を組み、こうしたAIシステムを率先して開発しています。中でも「Sharp Eyes」の構築を大きく支えているのが、AIベンチャー企業のSenseTimeです。北京を拠点に2014年に設立されたこの企業は、累計調達額はなんと16億USドル、企業価値は30億ドルとも言われ、世界でもトップレベルを誇る顔認識技術を武器にサービスを展開しています。
2014年に人間の顔認識率が97%であるのに対し、顔認識技術が99.15%と人間を上回る認識制度の技術を発表、2016年には世界的に有名なコンペティションである ILSVRC2016の「Object Detection」「Object Detection and Tracking」「Scene Parsing」の3部門で1位を獲得。他社との圧倒的な差を見せつけ、現在は顔認識技術と監視セキュリティーに力を注いでいます。
ちなみに、同社の顔認識技術は日本国内では若者に人気のアプリ、「SNOW」でも採用されているので、同アプリを利用している人なら、意外と身近な存在といえるかもしれません。
交差点に取り付けられているSenseVideoでは、ディープラーニングを使ったビデオ解析システムで映像に写っている歩行者、自転車、自動車などの乗り物を検知して属性を判定します。人の場合は年齢・性別・服装をはじめとする10項目、車の場合はナンバープレート、車種、色などが判定項目です。
犯罪が発生すると録画ビデオで撮影し不審者を探し出します。さらには、信号や制限速度の数字が書かれた標識、車線の色、車間距離などに加え、よそ見やあくび、タバコや飲食中など、ドライバーも状況も認識できることから、事故削減や事故リスク予測といった交通管理も行えるのです。
顔画像付きの膨大なデータベースから対象人物の足取りをたどったり、時間や場所、対象者を自由自在に監視したりできるものの、プライバシーや人権はどうなるの?という疑問も後をつきません。
世界では顔認証が広がっているけど、日本は?
オーストラリアでは、パスポートによるチェックインを顔認証に置き換えようとされていますし、米国では、あらゆる人をリアルタイムで識別・追跡・分析し、1枚から画像で100人の顔を認識し、数千万人分の顔写真のデータベースから瞬時に当該人物を割り出せるAmazonRekognitionが話題になっています。しかし、AmazonRekognitionは市民権や人権侵害につながるのではと、社内外で多くの意見が交わされているのも事実です。
日本でも人気ミュージシャンのコンサートチケットの高額転売を防止することを目的に、NECの顔認証システム「NeoFace」が導入された事例があります。国内外から多くの人が集まる2020年のオリンピック開催に向けて、セキュリティをより強化するために、迅速かつ的確な判定が行える顔認証システムは広がっていくことが予想されます。
SenseTimeは上海市行政府と契約を取り交わし、スマートシティ、スマートトラフィック、自動運転そしてスマートファイナンスを含めた取り組みを実行していますが、その自動運転とは、2017年に締結したHONDAとの自動運転に関するAI技術の共同研究開発のこと。
両社は2025年の完全自動運転を目標にSenseTimeがもつ「移動体認識技術」と、Hondaが有する「シーン理解」「リスク予測」「行動計画」といったAIアルゴリズムを融合することで、複雑な交通状況の市街地でも走行を可能にする、より高度な自動運転技術の開発を進めています。
この自動運転は他者の顔を認識して判別するものではありませんが、今後は運転手の監視やレンタカーのロック解除などにSenseTimeの技術が応用できると考えているといいます。実際にどのドライブレコーダー(ドラレコ)にもこの技術が搭載されれば、街中が動く監視カメラだらけになってもおかしくはないのです。
中国国内ではどんどん成果が出ていますし、顔認識システムは確かにセキュリティ強化や犯罪・不正行為の捜査では非常に強力な武器となるでしょう。しかし、必要以上にあちらこちらに監視カメラがある生活は、同時に人々の自由に生きる日常を奪い兼ねません。
中国では、顔認証システムを導入している一部のレストランが、機械がランク付けした顧客の外見に基づいて食事代を割引したという話もありますが、今後、私たちの生活の中で普及が拡大すれば、こうした差別的な要素も議論の一つに上がるのではないでしょうか。
高性能で有効な技術を活かすためには、個人のプライバシーを守る手段も一緒に考えていくべきかもしれません。