MaaSやCASE、スマートシティにスーパーシティ。最近のモビリティ業界では、頻繁にこうした横文字、カタカナの取り組みが見受けられるようになりました。
とくにここ数年は、地方から都心まで、幅広い地域でさまざまな実証実験が行われていますが、その後の取り組みはどうなったのか———気になったことはないでしょうか。今回、対談にお越しいただいた株式会社PTVグループジャパンの代表取締役である端野良彦さまは、大学で交通工学を学び、現在は交通分析や需要予測シミュレーションができるソフトウェアを駆使し、都市交通や物流の課題解決に向けて取り組まれています。本記事では、まちづくりや地域活性化においてどのようにデータを活用し、検証して行くべきか、大事なポイントについてお話いただきました。
インタビュイー:株式会社PTVグループジャパン 代表取締役 端野 良彦さま
インタビュアー:株式会社スマートドライブ CSO 戦略責任者 菅谷 俊雄
移動による効果を検証するサービス「Visum」
菅谷:本日はよろしくお願いします。まずは、PTVグループジャパンおよび、端野様についてご紹介いただけますか。
端野良彦代表取締役(以降、端野):当社は、PTV Planung Transport Verkerhr AGというドイツ企業の日本支社です。PTV AGは、カールスルーエ工科大学から40年前にスピンオフして設立した会社で、本社もカールスルーエ工科大学の周辺、日本でいう、筑波の研究学園都市のようなところに位置します。そのため、会社ではありますが、大学での研究・知見を取り入れて効果検証する体制をとっています。PTV AGは、ソフトウェアベンダーとして、交通や物流に関するソフトウェアを開発・販売しており、3年ほど前にポルシェグループの傘下になりました。
私は元々、大学で交通工学を勉強していて、当時からPTV社のソフトウェアをドイツから輸入し、研究に活かしていたのです。私が研究していたのは、バンコクのオートバイ事情について。オートバイが縦横無尽に走る土地で、危険度合いをシミュレーションできるソフトウェアを探したところ、PTVのソフトウェアと出会いました。そこから私とPTVの関係が始まったのです。
菅谷:交通工学について、詳しく教えていただけますか?
端野:昨今はAIやディープラーニングなどで、人の行動を分析していますが、本来の交通工学とは、都市の機能にもとづいて人の行動を調査し、その実態を明らかにすることです。たとえば、A地点からB地点に行く場合、自動車、鉄道、バス、徒歩、自転車などさまざまな選択肢がある。その中で、どんな人がどのような価値観でどの移動手段を選択するかを考えるのです。国会議員の先生であれば1時間の価値が非常に高いのでとにかく早く移動できるもの、勉学が中心の学生であれば時間に余裕があってもあまりお金がないから公共交通機関や自分が所有する自転車を利用する、とか。その人の1時間の価値という計算をもとに人の行動を分析し、人がどのように移動するかを把握し、その情報をもとに都市構造を考える、それが交通工学です。そのほかに、自動車の渋滞も分析します。
自動車工学は車の車両挙動に注力しますが、交通工学は車や人の流れなど、移動するものに対して研究する分野です。
菅谷:タイの交通についても研究していたと聞きました。どのような研究をされていたのでしょうか?
端野:タイでは、信号が赤になると、オートバイが車の間をすり抜けていきます。車と車の間が10cmずつ空いていれば、横切って前に進むため、みんなが前に集まってしまうのです。その横移動によって、どれくらい危険度が高まるのか、事故がどれほど増加するのかを分析していました。
私自身は東南アジアに関する研究に長く携わってきましたが、タイ同様、ベトナムでもオートバイが増えすぎ、同じような問題を抱えています。今後収入が増えれば、将来的にオートバイから車に乗り換えるようになる。そうすると、街が車で溢れてしまう。
そうならないためにも、バスなどの公共交通を利用してもらおうと考えるのですが、オートバイが便利なのはドア・ツー・ドアで目的地に行けること。その利便性を考慮すると、簡単にはほかのモードにシフトさせることができません。ベトナムは高温多湿で雨量が多い国。カッパを着てオートバイを運転していた人たちが、ある日突然歩いてバス停に向かい、混雑したバスを利用するでしょうか…? それを、たとえば都市部の駐車場の値段を10倍にして人の行動を変容させていくというような研究を行ってきたのです。
菅谷:スマートドライブは、昨年からタイとマレーシアに進出しています。現地の方たちと話していると、二輪の交通事故が一番の課題だとおっしゃる。企業としては従業員が通勤時に交通事故に遭遇することで生産性が下がることを避けたいですし、ビジネスの観点からも非常に問題視されています。それを弊社のサービスによって安全運転を促したり、行動変容ができたりしないかと取り組んでいます。
端野:実は身近にタイの交通学会の会長さんがいて、安全運転教育を広めようと活動されています。この活動によって、バンコクではヘルメットの着用率が向上しているそうです。彼らからすると、安全運転教育が行き届いていないので、なぜヘルメットを被る必要があるのかを理解していなかったりする。日本だと免許の更新時に、安全運転がどれだけ大事で、交通事故がどれだけ悲惨なものかを知らしめるビデオを必ず見せられますよね。そこで意識に訴え、必要性を周知させている。このような教育がないと意識は向上しませんので、基本的な安全にかかる教育にはかなり力を注いできました。
海外で進んでいるスマートシティ構想
菅谷:ご丁寧にありがとうございました。御社が提供しているサービス、「Visum」についてもお伺いできますか。
端野:Visumは、都市を作るためのソフトウェアです。日本を例に考えると、第二東名高速やリニアモーターカーを設置する際に、これらを設置することによって人の移動がどのように変わるのか、または費用対効果がどれくらいあるのかを分析します。今までのバスの路線網は、専門家の知識とその土地に知見がある方が手作業で決めていましたが、それを交通工学で裏付けるために計算して導き出すのがVisumです。
菅谷:海外ではVisumのサービスを活用し、数々の取り組みが進んでいると伺いました。その中の事例をいくつかご紹介いただけますでしょうか。
端野:では、ノルウェーの事例から。バスや鉄道、トラム、フェリーなど、既存の交通網が形成されているノルウェーのオスロ市と隣のアーケシュフース県において、人が自動車の保有をやめてライドシェアを取り入れた場合、どれくらい行動が変容するかをVisumで分析しました。
この事例の最大の目的は、車を減らして都市の混雑を軽減すること。ライドシェアサービスを展開するにしても、どの車両を使用するか、何百台投入するか、どこで何十台ずつ走らせるか、もっとも有効な方法を考えなくてはなりません。ここで設定を見誤ると、かえって混雑を助長させることになると結果が出ため、慎重に検討を重ねていきました。
本ケースでは、6つのシナリオが検討されました。一つは、ライドシェアサービスに既存の交通網を組み合わせたもの。電車・バスなど複数の組み合わせパターンがありましたが、この中でどれがもっとも最適かを分析。ベストシナリオはどれか、ワーストシナリオはどれかを検証し、各シナリオに対して混雑が何%緩和されるのか、逆に混雑が何%増えるのか、効果を具体的な数値で評価しました。
次に、ベルリン交通局の事例をご紹介しましょう。ベルリンは公共交通がそれなりに充実している都市です。一方で、自動車交通が混雑を引き起こした時、どのように対処すべきかが議論されていました。そこで、ミニバンを使ったライドシェアの導入が検討されましたが、そこで論点となったのが、どんなサービス内容にすれば、既存の公共交通を統合しつつ、コストも抑え、効率的に需要をカバーできるのかということ。ここでもVisumが利用され、分析したシナリオや要件設定にもとづいて、サービスが展開されることになりました。
菅谷:ベルリンでのサービスは好調ですか?
端野:シミュレーションで予測した結果と現状とで大きな乖離は見られず、それなりに順調だと聞いています。
交通機関の金額を変更すればさらに需要が伸びるかもしれませんが、需要は変容していきますので、今の最適解と一年後の最適解は異なります。ですから、引き続きデータを収集し、分析を続け、検証していくべきだと考えています。
菅谷:日本でも応用できそうな取り組みですね。
>>>後編へつづく