前編ではLOVOTの誕生からコンセプト、コミュニケーション・マーケティングの話までを対談形式でお話いただきました。
後編はどのようなコミュニケーションが人の心を動かすか、さらにエモーショナルな体験について深く追求した会話をお届けします。
人の感情はコミュニケーションで変わる
北川:高度なレコメンドエンジンがあっても、その内容を伝えるのがLOVOTだと話が聞きやすくなったり、もっと色々な話を聞いてみたくなったりするなど、今後は目に見えない技術が重要になってくるのではないかと思っています。自動運転車が「今日はここへ行ってみてはどうでしょう」と機械的に伝えるより、可愛い声で話しかけてくれた方がコミュニケーションをとりたくなりますから。
林:それはありそうですね。音声だけのコミュニケーションが始まったのは、電話が発明されてからのこと。人類の長い歴史の中で、音声だけ、あるいは文字だけのコミュニケーションというのは、ごく限られた短い期間だけなんです。そう考えると、五感を使ったコミュニケーションの方が圧倒的に長い時間を占めていますし、私たちはそこから情報を得るように進化してきましたので、ヒトというシステムそのものを考えると、刺激させるにせよ、リラックスさせるにせよ、五感を意識した作りに注力すべきでしょう。
北川:スマートドライブは移動の進化を後押ししようとサービスの開発に取り組んでいます。しかし、行動履歴からBさんはキャンプが好きだとわかっても、「週末はキャンプに行きましょう」という言葉は直接的すぎてしまうかなと。ただ、そこへ1台300万ほどの高精度な望遠鏡をセットしたレンタカーが割引価格で予約できるメッセージが送られてきたら…。人の行動と反応が大きく変わります。実際に、レンタカー会社がレンタカーと望遠鏡をセットにして、どこかの移動するための手段としてのレンタカーではなく、その望遠鏡で数えきれないほどの星を観てみたいからお出かけしようという、目的ありきの移動を可能にした事例もあるそうです。
このようなレコメンドがさりげなくできると、新しい移動の流れがスムーズに作れるかもしれません。「テクノロジーにプラスして伝える部分」について、今は議論がなれていませんが、林さんがおっしゃるコンセプトと近いものがあるのではないでしょうか。
林:次の時代は、目的地やルートのレコメンデーションだけではなくて、コトのレコメンデーションが重要になるのでしょうね。どのような経験を提供できるかがキーになりますね。
北川:データは活用しつつも、できるだけ技術を表に出さずに、人の動きや運転への想いを変えられないかと考えていまして。逆に、御社がデータを活用することはございますか?
林:LOVOTでは個人の家庭の画像や音声といったプライバシー情報を弊社が取得できないように設計しています。データを解析すれば開発は一気に進むでしょうが、LOVOTが自分の情報を盗み見ていると感じられると信頼関係が築けなくなってしまう。ただ、個人に応じて行動を変えていく部分はLOVOT自身が判断しますから、接する時間が長くなれば、その人の生活リズムに合わせて変化します。
アートとテクノロジーの融合は何を生み出すのか
北川:テクノロジーが飽和状態になると、アートと融合する方向へ向かうイメージがあります。家の中はすでにテクノロジーが飽和していると思いますので、LOVOTのようなエモーショナルなプロダクトが今後、成長していくのではないでしょうか。
移動に関しては、まだまだ技術が発展途中にありますので効率性が重視されており、マーケットが無機質。技術が飽和して、よりアートとかエモーショナルな部分が重視されれば、横展開されていく可能性もあるのでしょうか。
林:あると思いますよ。私たちが取り組んでいるのは、どうやって生物と無生物の垣根を越えるか。ドラえもんやアトムのように、漫画やアニメといった想像の世界では、私達は何の疑問も抱かず、自分たちと同じように血が通っている存在ではなくても仲間、友達になっているのに、現実にはまだそんな仲間も友達も存在しない。その垣根を越えるために、さまざまな技術を投入して、生きものと変わらない存在にしたいのです。
もっと噛み砕いて説明すると、人がその存在に共感できるかどうか。共感できた途端、自分と似た存在だと捉え、親近感が湧く。虫には共感できなくても、犬や猫に共感できる人が多いから、家族になりえるわけですよね。ならば、犬や猫と同じように判断、もしくは反応できるロボットがいたら、家族になりえるはずです。犬や猫と同じように判断し、反応できる自動車があれば、強い生命感を感じますし、それが進化して人間に近づけは近くほど、なくてはならない相棒になるのではないでしょうか。
北川:SmartDrive Carsはまさにそこを目指しています。たまに的外れなレコメンドするかもしれませんが、たまに面白いことに出会えることもある。ドライバーとよりエンゲージメントできる接点にしたいと思っています。
林:自動車が友達って、昔で言うナイトライダーみたいな世界ですよね。
ハードウェアに命を吹き込む
北川: LOVOTは友達とは違う立ち位置になるのでしょうか。
林:LOVOTは、ペットのような立場で家族になれたらいいなと思っていて。犬や猫は非常に素晴らしいパートナーになりますが、一部では、どうしても飼えない人がいる。飼えない理由を聞くと、いろいろあるけど結局ほとんどが「生きているから」なんです。たとえば生き物だからいいのに、生きているといつか死んでしまうし、そうなると悲しい気持ちになるから飼えない。ならば、犬や猫の良い部分を取り入れ、ネガティブな部分は最小化することによって、本当に必要としている人たちに提供しよう。そして犬や猫のように、人の心を支えていくことができればいいなと思っています。
北川:SmartDrive Carsも同じようなイメージを描いています。友達というよりペットのようなものをスマホで連れて運転すると、情報が共有されて、ポイントがたまる。安全運転して、ショッピングモールにいくと駐車場が安くなる、安全運転しているひとは保険が安くなるなど、ペットを連れて安全運転をすると何かいいことがある。そんなコンセプトにしていきたいと思っていますので、林さんのお話からは学ぶところが数多くあります。
林:過去を遡ると、人が移動をする際に利用していたのは馬です。そして人は馬にも車にも愛情を持って接していた。馬と人間の関係を今後、進化する車では取り戻すことができるかもしれませんね。
北川:面白いですね。私たちが取り扱っているサービスはフィジカルなものではありませんので、どのように伝えるべきかが意外と難しくて。見習うべき考え方が多いです。着せ替えでおしゃれができるのも、より身近な存在にするためですか。
林:そうですね。昔の車は単に不具合が多かっただけではなくて、手間をかければその分、車が応えてくれていました。今の車は手間暇かけても調子が格段に良くなることはありませんが、昔の車は調整したり、エンジンの回し方を工夫したりすると調子が良くなった。ある意味、気難しい性格だったんです。でも、人って手間がかかることに対して意外とポジティブに考えるところがあり、自分がいないとダメなんだなって、母性や父性がめばえる面があるようです。そこで、LOVOTを好きなるプロセスの中で、愛情を注ぐ1つの“手間”として服が着替えられるようにしました。
物理的にも、LOVOTは電子精密機器のため丸洗いができませんが、清潔さを保つために服を洗っていただけるようになっています。また生物と無生物の大きな違いでもあるのですが、LOVOTは新陳代謝をしないので傷がついても皮膚のように再生できません。ですので、初めから服で防護をして、服が傷んだら交換していただくのです。
北川:一つひとつが丁寧に深掘りと言語化されていて、僭越ながら率直に素晴らしいと感じました。
林:御社のアプリも、ずっと命というか、存在があり続けるのが利点ではないでしょうか。車を乗り換えても、アプリの中で情報は生き続ける。そうすると、毎回リセットされることなく、自分が築いてきた車との関係性が蓄積されていきますので、魂が引き継がれことになりますよね。それは面白いコンセプトだなって。
移動の付加価値は「コトの提案」
北川:そこを意識して、より良いサービスを提供できればと思います。最後に、スマートドライブへのアドバイスやご意見をいただけますか。
林:実利的な話になりますが、現在は、あらゆる移動手段があるのでA地点からB地点の移動が簡単にできます。しかし、移動最中の体験に付加価値を与えるサービスはほとんどと言っていいほどありません。
あるとしてもせいぜい、現在地の近くにある飲食店を検索するくらいで。AからBに行くことはわかっているけど、その途中で、そのルート付近ならではといった体験をレコメンドが欲しいというニーズは必ずあるはず。過去の行動履歴からレコメンドはできるし、近隣のおすすめスポットを伝えることだってできるでしょう。
「以前、検索していたキーワードに関連するものがこの付近にあるので訪れてみては?」とかレコメンドしてくれると、単なる移動経路の検索だけでなく、そこで何に出会えるのだろうというワクワク感を醸成できると思うんですよね。それが完璧である必要はなく、今日は星が1つとレコメンド結果にフィードバックすれば、より精度が高くなっていくでしょうし。
コトを付与するというか、コトを提案する。「今日は何もすることないから、何か“コト”を提案して欲しい」と、まっさらな状態から言われると提案が難しいですが、少なくとも「A地点からBまで」という成約条件があると、そこにコンテキストが生まれるのでレコメンドもしやすくなるし、ユーザーも選びやすくなる。「今日はいつもより1時間早く出てみたけど、どんなレコメンドがあるんだろう」って。日々、車で移動する楽しみが増えますよね。
北川:その点も意識しながら精進していきたいと思います。本日はありがとうございました。