マグナス・ハンソンさまのご略歴とミッション
北川:まずは、マグナス・ハンソンさまのご略歴についてお教えいただけますか?
マグナス・ハンソン(以下、マグナス):私は、父がスウェーデン人で母が日本人という親の間で生まれ、スウェーデンで育ちました。大学を卒業後、サーブというスウェーデンの自動車メーカーに就職して12年間働いていましたが、6年前の2013年に今の仕事とめぐり合い移籍しました。現職に就くまでは日本で暮らしたことがありませんでしたが、今は第二の故郷である日本で楽しく仕事をしています。
北川:ありがとうございます。CEOとしてのマグナスさんのミッションを伺えますか?
マグナス:CEOとしてのメインミッションは、長期的には健全で安定的なビジネスを作ること、従業員のために良い職場環境を作ること、そして販売店を含むパートナーやステークホルダーのために株主価値を創出すること。日本は難しいマーケットですが、JAGUARとLAND ROVER、2つのブランドをしっかりと確立させたいですね。
ストーリーによってブランドは構築される
北川:ブランドとして重視されていることを教えていただけますか?
マグナス:JAGUARは1922年に、LAND ROVERは1947年に創業されました。両ブランドとも、何十年もの歴史とともに受け継がれてきた伝統を持つ、非常に素晴らしいブランドです。ですので、責任を持って今まで築き上げてきた歴史と伝統を守りつつ、次世代へと引き継いでいかなくてはならないと思っています。
JAGUARはイギリス発のエレガントでスポーティなブランド。デザインやキャラクターにはそうしたDNAを反映していますし、フルバッテリーを採用したエレクトリック・パフォーマンスSUVの「I-PACE」のインテリアとエクステリアにもその真髄が凝縮されています。
一方、創業時から一貫して四輪駆動のクルマを展開してきたLAND ROVERは、第二次世界大戦後の道が荒れ果て、鉄も不足していたイギリスの土地から生まれました。どんな悪路の中でも走破できる、アルミニウム製の剛健なクルマを—そうしたコンセプトから誕生し、現在でも当時のアイデアやコアとなる部分は変わっていません。ドイツ車をはじめ、今ではさまざまなSUVが販売されていますが、LAND ROVERは必要性の中から生まれた、本物かつオーセンティックなSUVです。つまり、ストーリーによって本物のブランドが構築されている。背景にあるストーリーが、ブランドに深みを持たせているのです。
北川:ストーリーによって本物のブランドが作られる。非常に素晴らしい言葉で感銘を受けました。いくつもの切り口があると思いますが、ドライビング性能の向上やハードウェア・ソフトウェアなど、技術面についてもさまざまな観点から重視していることを伺えればと。
マグナス:今日の技術の進歩によって、自動車メーカーはこれまで以上にさまざまな選択肢を持つことができるようになりました。つまり、クルマをより魅力的にし、エキサイティングなドライビング体験を生み出すことが可能になったということです。
何十年も前から、自動車の根本的な機能は変わっていませんが、近年はバッテリー技術の進化によって、環境に優しいクルマの生産が実現できるようになりました。電気自動車の台頭でエンジンを筆頭に多くの部品が不要になると、クルマの中に物理的なスペースが生まれます。そこに今後新たなテクノロジーを搭載すれば、今までとは違う価値を提供できるようになる。これは社会や環境にとっても、お客様にとっても良いことですし、モビリティ業界には、まだまだ多くの機会が眠っているということでもあります。
現代の消費者は、コネクティビティも重視していますし、今後10-20年で過去100年間と比較できないほど、クルマは大きな変化を遂げることでしょう。
自動車メーカーは、ソフトウェアの開発が自分たちの得意領域ではないことを素直に認める必要があります。それと同時に、GoogleやTeslaにとって、自動車の開発とは容易ではないことを知っておいてください。変革期にあるモビリティ業界で新たな価値を創出するには、異なる技術を持ったさまざまな企業、協力者とのコラボレーションが必要です。自動車メーカーは独自の確固たる技術力を武器に、行政や消費者を含め、シームレスな協力関係を築いていかねばなりません。
ジャガー・ランドローバーでは、自律走行で先頭に立つWaymo(ウェイモ)と協業し、同社の自動運転技術を搭載した「I-PACE」の開発をしています。スマートドライブ社はソフトウェア企業ですから、ハードウェア企業とのコラボレーションが必要になるでしょう。
マーケティング戦略と課題
北川:JAGUARでは、JapanTaxiやテニスプレイヤーの錦織選手など、多様なコラボレーションを展開していますね。
マグナス:本社にはグローバルなマーケティング・プラットフォームがあり、各リージョンはマーケットに合わせてローカライズしています。そのため、日本国内では日本に根ざしたマーケティングを実施するようにしています。
錦織選手とのケースはユニークなもので、彼から直接、ジャガー・ランドローバーにオファーをいただきました。エージェントは別の自動車メーカーを提案していたようですが、錦織さん自身がJAGUARを好きということで、本人の希望によりこのコラボレーションが実現したのです。
JAGUARのマーケティングにおける課題は、オーナーやファン層が高齢化し、若い世代から親しまれていないこと。若い世代からすると、JAGUAR=お父さん世代のクルマというイメージが強く、認知はされていても自分が乗りたいとは思われない状況が生まれていました。しかし、未来のJAGUARファンを増やしていくには、若年層の獲得が必須。錦織氏の起用はまさにその名に値するもので、彼のアスレティックでエネルギーに満ち溢れるイメージは、JAGUARのブランドを若返らせるという課題ともうまくマッチしました。
LAND ROVERは正反対の課題を抱えていて、世代を超えてファンがいるものの、認知度は高くない。今年度行われたラグビーW杯のキャンペーンなどを通じて認知度を高める努力をしています。
私たちは重視しているのは“本物”であること。マーケティングも、偽りがなく本物であることが大事です。
変わりゆくモビリティ業界の中で、唯一無二のブランドを築く
北川:非常に貴重なお話を聞かせていただくことができたと思います。最後の質問になりますが、モビリティの未来についてはどのようにお考えでしょうか?
マグナス:自動運転が一般化すれば、消費者は性能より快適性という、今までとは異なる価値観を求めるようになるでしょう。メーカーはそうしたモビリティの未来を避けることはできません。今日はまだ、技術がインフラや法制度のかなり先を歩いていますが、新しい技術はやがて都市や制度の在り方を変えていくでしょう。唯一、答えがないのは、どのくらいの速さでそこにたどり着くか(変化した未来が訪れるか)ということ。そして、いつの日か、人が公共の場で運転することが認められなくなり、サーキットのみで運転するようになるかもしれません。なぜなら、ほとんどの交通事故が人による運転操作ミスによって引き起こされているからです。
そんな100年に一度の大変革の渦中で、自動車メーカーとしてはどのように生き残るべきか。技術に投資し、すぐにでもソフトウェア企業と協力することです。そして、従来重視されてきた性能ではなく、人々が求める快適性、コネクティビティ、シームレスなインテグレーション、本物であること、歴史などがより重要になってくるでしょう。
わかりやすい例が時計です。今では、時間を知るための時計は必要とされなくなりましたが、それでも人はストーリー、イメージ、職人技、デザインなどを求めて、何百万、何千万もする高級な時計を手に入れようとしますよね。
かつて、移動のために利用していた馬は自動車に取って代わりました。これから、自動車が自動運転システムに取って代わる時代がくる。自動車メーカーは消費者に訴求できるアピールポイントを増やしていかなくてはなりません。他社よりも早く動き、現実を受け入れること。いまの投資は、単純に利益を上げるという意味では、過大な投資かもしれない。しかし長期的に生き残るために必要な投資です。
思い描いてください。どこかのホテルへあなたが泊まるとしましょう。ただ眠るだけの目的ならどこでも同じですが、サービスの質やベッドの質によって心地良さや体験の質は大きく変わるはずです。そうしたクオリティの高さを体現していきたいのです。私は、ジャガー・ランドローバーが将来、素晴らしいポジションとブランドを築いていると信じています。