交通心理学の世界へ
北川:「初めまして、本日はお時間頂きましてありがとうございます。」
長山先生:「初めまして、こちらこそどうぞ宜しくお願い致します。」
北川:「今日は、先生のこれまでのご経歴やご専門である「交通心理学」「危険予測」を中心にお話伺えればと思います。まずは、『交通心理学』について学ぶきっかけやどのような内容か改めて教えてください。」
長山先生:「元々は大阪大学文学部で心理学を専攻しておりまして、大学院進学後も研究室で知覚に関する実験を行うなど、実験心理学を専攻しておりました。心理学には応用心理学講座があって、主任教授から応用心理学の助手に採用されましたが、9月からドイツに出張の形で1年間留学しました。
その間に応用心理学の研究テーマを見つけるように言われていました。現地で交通行動・運転者行動に関心を持ったのとモータリゼーションの時代に差し掛かっていたこともあり帰国後、交通心理学を専門にすることになりました。」
北川:「当時、交通心理学という前例のない分野にどのように取り組まれたのですか?」
長山先生:「そうですね、交通行動を元に考えていくのですが問題点が沢山あるのでどの視点を切り取るかでテーマが変わってしまうんですね。ですから最初は、一つに絞るのではなくとにかく色々やってみました。
その中で一番最初に取り組んだのは、大阪府警と一緒に『定置式速度取締り装置(ネズミ取り)』に対するドライバーの意識調査でした。きっかけは、恩師である前田嘉明助教授が乗車したタクシーが速度取締りにあい、その場で長時間拘束されてしまったことに対して問題提起をしたことでした。
意識調査をする中で、優良ドライバーと問題のあるドライバーの警察・取締りのイメージの違いや、自分に落ち度があった場合など、状況によって明確に意識の差が現れました。その中には大阪府警への意見などもあり、市民に対する警察官の接遇態度を見直す必要を提言し、それ以来大阪府警との協力関係を深めていきました。」
長距離運転と休憩のタイミング
北川:「交通心理学の研究を進める中で印象的なテーマはありますか?」
長山先生:「印象に残っているのが、帰国直後に名神高速道路が開通し、その後しばらくして東名高速道路が出来て後に二つが繋がることになったのですが、繋がることで確実に東京ー大阪間の夜間運送が増える。そうなると長時間運転での疲労問題が出てきますね。どのくらいの間隔で休憩を取るのが適切かまだ道路が繋がる前に測定する為、まずは大阪ー東京間の距離を再現出来るエリアを見つけ実験を行うことにしました。
ちょうど、大阪の茨木と彦根を1往復半すると中間地の浜松くらい、3往復すると東京までの距離なので浜松あたりでの休憩を30分、1時間、1時間20分にした場合の疲労状況を測定し東京までどうしたら安全運転出来るかの実験を行いました。」
北川:「休憩のタイミングは、ドライバーの運転環境や個人差もありますし、ましてや高速道路での長距離運転というのはそれまでにない状況なので適切な時間を出すというのはとても難しいことですよね。少しテーマが変わりますが、先にもお話が出てたように大阪府警との取り組みはどのようなものがあるのですか?」
長山先生:「色々な取り組みがあるのですが、昭和40年頃ですかね建設省から技官の方が来られ大阪府警に『交通安全調査室』が出来、そこといろいろ一緒に研究をするようになりました。国道1号線での追突事故の原因分析はそのひとつです。その以外に私独自の研究ですが、日本運送という長距離トラックの会社から協力を求められてドライバーに対する適性テストを作り企業の運転適性についてや事故を起こす人、起こさない人の傾向などを分析をしました。そのテストの一部として16㎜の動画フィルムで作成したものは危険予測の原型になりました。」
ドライバーにおける危険予測
北川:「弊社でもドライバーの運転特性を可視化するために危険運転などのデータは収集していますが、危険予測をすることで危険運転や事故を防ぐことが可能だと考えています。具体的に危険予測とはどのような方法で伝えていくのでしょうか。」
長山先生:「最初は方法としては動画を使いました。当時はとても珍しかった16mmのカメラで私自身が撮影した危険場面のフィルムを映写して録画をした危険が起こる前の状況を見せます。そこでストップして、そして次にどのようなことが起こるか予測してもらいます。この予測が出来ないととてもじゃないですが安全の確保が出来ません。
そしてその後には動画フィルムのテストでは提示するのが不便なので写真フィルムを用いて、どのような危険場面があるか、連続した2場面を必ずセットで用意しておくようにしました。一例を挙げるとすると、例えば走行中に前方の道路を子供が自転車で横切ろうとしているのが見えました。そうなると次どういうことが予測出来るでしょうか。」
北川:「危険予測となるとその子を追って他の子供が続くとかでしょうか。」
長山先生:「そうですね、友達が追いかけてくるとか親が続くとか。見える範囲外に誰かがいると予測できますね。次に対応とてしてはスピードを緩めたりブレーキを意識することで予期反応がおこりますね。
もし予測出来なかったらどうでしょう。最初の子供が横切るタイミングだけを考えてスピードを調整しただけでは不十分で事故が起きる可能性が高まります。」
北川:「確かにそうですね。そういった危険予測のパターンをより多く知るということが重要ですよね。その危険予測のパターンはどのように作っていったのですか?」
長山先生:「当時4000件近くの事故データを調査する機会がありまして、今のようにデジタルデータではなく紙だったので一例ずつ分析をしメンバーと話し合いながらパターン化をしてきました。そうすることで、危険予測の原型を作り教育に繋げて行きました。」
北川:「長山先生は、そうした危険予測の知識を特に安全運転管理者の方達に講習を通して伝える活動も長年されて来られましたよね。」
安全運転管理者の役割
長山先生:「そうですね、安全運転管理者制度の始まりが昭和40年なのですが、それから大阪府警が直轄で講習を行ってきましたが、47年に道路交通法の改正で安全運転管理者に対する講習が法定講習と位置づけされ、『大阪府交通安全協会』が委託を受けるようになり、4年ほど前まで47年ばかりの間私の方で講師団を結成し、講義の企画・内容などを受け持ってきました。」
北川:「おそらく当時と今では、安全運転管理者に求められることは違いますよね。」
長山先生:「最初の安全運転管理者の仕事というとメインは車や鍵の管理が中心で勝手に車を持ち出していないか、休みの日に使っていないかという面が強調されていました。
ただ、私が考える安全運転管理者というのは、車の管理面はもちろんですが人間の管理が大事なのではと考え、講習する内容に関しては任せられていたのもありオリジナルで作って参りました。」
北川:「安全運転管理者は社内でも重要な役割を担っている一方、モチベーションを保つのが難しいという声もあるのですがそこに対する先生のご意見伺えますか。」
長山先生:「安全運転管理者だけで何かをすると考えるのではなく、その会社のトップの方が本気で取り組む姿勢や安全運転管理者を取り巻く環境が大切ですね。同僚であったり、部下であったりそういった方の理解や協力が重要なのではないでしょうか。そのためにも、周りから頼りにされる圧倒的な知識を身につける努力が必要であったり、あと事故が減るなど目に見える結果を出すことがモチベーション維持に繋がるのではと思います。
幸い大阪の講習では講師全員が1年間同じ内容の講習を行いますので、講習として取り上げた内容、例えば追突・出会い頭衝突などがその年や次年度の事故統計として府下全体では増加しているのに、事業所の事故として明らかに減少しているという結果が得られました。管理者に対するアンケート調査をしてみると、『講習がよく分かった』、『事業所で内容を活用した』、『効果が上がった』という回答が得られました。これらのことが、社長や上司からの信頼につながりますし、運転者からの尊敬にもつながり、管理者のモチベーションの上昇につながると思います。」
事故の根本的な原因
北川:「事故件数の減少という形で現れるのが確かに一番効果的ではありますよね。その点において、先生の安全運転管理者講習の事業所では大阪府全体の事故数に比べて減少率が著しく下がっている資料を拝見したのですが何か取り組みのポイントなどありますでしょうか。」
長山先生:「ポイントとしては、「大阪府形式」と言われて、大阪大学で交通心理学と関わった講師主体で講師団を構成し、講師が約20時間ばかりの研究会を開いて、全員が同じ内容の講義を組織的に行います。次年度は講義内容は異なりますが体系的に組み立てられた講義内容を管理者は学ぶことができ、管理者の質の向上につながります。
講義内容は事故事例に基づいて原因分析を行った人間の心理が陥りやすい具体的な例を挙げながら行いました。近年の例をあげると、平成29年の交通事故の3割以上が追突事故でその原因の4割が脇見運転です。この時、脇見をしないように気をつけましょうと言っているだけでは根本的解決にはなりません。
なぜ脇見をしたのか背景を探っていくと、自分の興味、関心に引かれて目線ではなく心の脇見をしているケースが根本なのです。例えば、車好きで珍しい車が走っていた、可愛い犬が歩いていた、携帯のメールが気になって見てしまうなど。このケースですと、自分だったらどんなことに興味があるかを一度整理する、意識してもらうことが重要です。そして運転中にそのような場面に遭遇したら『この時が危ないのだ』と気づいてもらいます。」
北川:「確かに興味があるものは無意識に目がいってしまいますね。事故の多くが脇見運転ということですが、年齢によっても事故原因は違ってきますか?」
長山先生:「これは、どこの国でも言えるのですが、若い方のスピード過多による事故は多いですね。これは、運転技術の問題というよりかは若い方の方がスピードに興味があったり、敢えてリスクを取ったりするのが原因ですね。」
北川:「年齢が上がっていくにつれて経験も増えますし、社会的な立場や家族など守るものも増えたりするので変わっていくのかもしれないですね。その他に、時代によって事故内容の変化などはありますか?」
長山先生:「そうですね、平成24年ごろから進行中の追突事故が減少しています。その頃から衝突軽減ブレーキの普及率が上がっているのでその影響もあるのではと思います。私も長年、JAFとの仕事をしておりまして新しいASV装置が出ればそのシステムの評価などをしてきました。そういったハードとソフト両面で事故を減らして行けるといいですね。」
スマートドライブに期待すること
北川:「最後に弊社に対する先生の印象をお聞かせ頂けますか。」
長山先生:「事故を減らすために非常に有意義なことをされていらっしゃるなと思っております。実は、私も20数年前にメーカーさんと一緒に走行データを集めて分析などもしていたのでもしかしたら近しいこともやっていたかもしれませんね。
どのエリアが危険運転や事故が多いかは把握出来ますが、どのような状態で起きたかまでわかると運転者の意識も変わるので良いのではと思います。
例えば、渋滞の交差点で右折車の事故が多発していた場合、事故が多いのはわかるけれど原因の把握が出来ないのでどのように防げばいいかわからない。実際に原因を探っていくと直進車の好意で右折車が道を譲ってもらい右折した瞬間死角から二輪車が出てきて衝突するサンキュー事故だったとかですかね。原因まで解明できるような分析をしていけると良いですよね」
北川:「確かにおっしゃる通りですね。我々が出来ることはまだまだあるなと感じました。本日は、貴重なお話ありがとうございました!」