自動車業界、今とこれから
冒頭で述べたように、これまで世界経済の中心に鎮座し、先導してきた自動車産業は、現在、温暖化を始めとする環境問題の元凶として、100年以上続いた「大量生産・大量消費」体制から、カーボンニュートラル実現に即す「環境対応体制」への転換を求められています。
自動車産業は限りある原油資源を消費し、かつCO²を排出する内燃機関で動いている自動車を数多く生産・販売し続けており、(財)日本自動車工業館によれば年々減少傾向にあるとはいえ、その数は約9,178万台に及びます。また、排気ガスによる大気汚染だけではなく、製造過程や使用済み自動車の処分時に出るフロンガスなどの有害物質による水質・土壌汚染も看過できず、過去には使用済み自動車の不法投棄・野積みなど、不適切な処理が社会問題化した時期もありました。
使用済み自動車の環境対応体制は完成しつつある?
自動車を、製造・販売・使用・廃棄するという一連のサイクルは、CO²排出を始め環境へ甚大な負担を強いており、日本国内で廃棄される自動車は年間約400万台に達します。(2002年現在)
とはいえ、使用済自動車には鉄などの金属や、エンジンなどの部品が多く含まれているため、スクラップ業者に有価物として引き取られ、利用できる部品は中古(リビルド)部品として転売したり、鉄くずなどの形でリサイクルが進んできました。しかし、内装材などのシュレッダーダストや揮発性のあるエアバック、そしてオゾン層破壊の原因となるエアコンのフロンガスなどの有価物以外は処理が困難で、業者も有償で引き取りをしてきたため、不法投棄・野積みの原因となっていたのです。
そこで、使用済自動車のリサイクルと適正な処理を図るべく、ユーザーにシュレッダーダスト・エアバッグ・フロンガスの処理にかかる費用の負担することを義務づける法律を制定し、2005年1月1日より施行されました。それがいわゆる「自動車リサイクル法」です。ユーザーが廃車・解体時にかかる費用を、事前に「リサイクル券」を購入する形で負担し、自動車を譲渡・売却する際も車体と共にリサイクル券を引き継ぐことで、処分時のリサイクル費用発生を無くしたのです。
新車購入時はもちろん、法律施行前に登録された車両については継続車検の際(1度のみ)、所定リサイクル料金を収めなければ車検に合格できないため、現在、日本の公道を走行している車は、ごく一部(※)を除き全て既にリサイクル料を支払っています。
※トレーラー・二輪車・大型特殊自動車・小型特殊自動車を除く
そのかいあって、一時期増加の一途をたどっていた使用済み自動車の不法投棄や野積みは激減しました。ほとんどが効率よくリサイクルされるようになり、2005年に約62%だったシュレーダーダストのリサイクル率は、2019年約96%にまで向上しています。
HV・EVの製造と普及、FCVの開発も進んでいるが…
前述したように、日本国内において使用済み自動車のリサイクル、つまり「出口」に関しては法整備の成果でかなり体制が整ってきましたが、「入口」となる自動車製造・普及台数は、減少傾向にあるとはいえまだまだ膨大です。そんな中、英国は2030年にガソリン・ディーゼルの新車販売を禁止、米国・カリフォルニア州も2035年までに新車販売はゼロ・エミッション車のみにすると明言しており、中国も2035年にはガソリン車をゼロ、HV50%・EV+PHV+FCV50%とする目標を掲げています。
一方、日本では菅総理が所信演説において国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明したものの、ガソリン車の新車販売については「2030年半ばをめどにゼロを目指す」と、達成時期について曖昧なままにしています。国や政府の本気度合いを示すように、GMは2035年までにガソリン・ディーゼル車の生産販売を停止すると宣言、ボルボ・フォード・ジャガーなども時期こそ異なりますが、すべての販売車両をEVへ転換すると表明しています。
とはいえ、日本国内自動車メーカーのゼロエミッション化に向けた取り組みが進んでいないかと言えばそうでもなく、世界に先駆けてHVを量産・普及し、究極のエコカーと言われるFCV販売に最も近づいているのは、ほかならぬトヨタ自動車です。日産やホンダもEV開発を積極的に進めており、技術力や販売力において決して海外メーカーに引けを足りません。にもかかわらず、なぜ日本は欧米や中国のように、ガソリン車の新車販売を禁止する期限と明確に提示できないのでしょうか。その理由は次の2つです。
1つ目は、資材調達・製造・販売・整備・運送など、関連産業に直接・間接に従事する就業人口が約542万人に達していることでもわかる通り、自動車産業が国内経済に占める比率が他国より極端に大きいことが挙げられます。現在の主力であるガソリン車の製造・販売を禁止にした場合、製造工程はもとより流通・販売網に至るまで、成熟しているネットワークを再構築せねばならず、そうなると従事者へ配置転換や再教育など大きな負担を課すことになります。
ガソリン車禁止を急速に進めると離職者や失業者が増加し、日本経済全体に悪影響を与えることが容易に予測されるため、製造ラインから販売ネットワークに至るまで、時間と労力をかけて構造改革を進めなければならないからです。
2つ目は、鉄や原油など自動車の製造から運用に関わる資源が、欧米や中国より圧倒的に少ないことです。こればかりは、時間や労力を費やしてもいかんともしがたい決定的な弱点です。
自動車の製造と走行に不可欠な原油も、日本はそのほとんどを輸入に頼っているため、明確にいつの時点で原油依存から脱却すると決められない、つまり使わない自由を持ち合わせていないのです。簡単に言えば、日本にとってガソリン車禁止政策は「貯金ゼロでの節約」と同じようなもの。EVやFCVの開発がさらに進み量産体制が整い、「原油が無くても自動車産業が成り立つ」という確証が持てない限り、ゼロエミッション化の期限を切ることは難しいでしょう。
自動車業界の現在の動向~各社の経営戦略~
日本の自動車産業がゼロエミッション化する道のりはまだまだ険しいものですが、自動車メーカー各社も知恵を振り絞り、環境問題の解決に向け構造改革や業界再編を進めようとしています。
トヨタ自動車 ソフトとハードの開発を分離しやすい組織への改編を模索
これまで、自動車を構成するメカニカル部分、ハード部分の開発は、1モデルの仕様に沿って行われるのがセオリーで、ECUといったソフトの開発もモデル単位で行われてきました。
しかし、数年はかかるハードの開発サイクルと、進化スピードの著しいソフトの開発サイクルが合わなくなり、特に排気や燃費性能を左右するECUなど制御システム開発をハードと同時進行していると、時代の要望に応えられなくなってきています。
そこでトヨタ自動車は、環境問題を筆頭自動車業界が直面している変革に対応すべく、経営陣・幹部を中心に積極的な人事異動を進めるなど、ハードとソフトの分離開発に適した組織改編を進めています。
家庭用ゲーム機の販売成績が、ヒットするゲームソフトの有無で左右するように、同じ車種・年式・モデルでも環境・燃費・安全性能の増した、新開発のECUと積み替えることで売上が大幅に向上する、なんて時代がすぐそこまで来ているかもしれません。ちなみに、トヨタはカーシェアや新たなモビリティサービスの普及で新車販売が激減することを予想して4つある販売チャネルを統一して新車販売重視から、サービス向上による既存顧客の囲い込み力強化へと舵を切りました。
これも販売面における大きな組織再編ですが、サービス向上という目的のほかに、顧客からのソフトへ対するリアルな要望を、漏らさずつぶさに取り込む狙いもあると考えられます。
日産自動車 新技術「e-Pedal」の普及で22年までにCO2排出量4割削減へ
カルロス=ゴーン氏の失脚に続き、コロナショックのあおりを受け経営基盤が大きく傾いた日産は、かねてより採掘資源依存を70%低減するという目標を掲げていましたが、「Nissan Sustainability 2022」では新車のCO2排出量を00年度実績から40%削減すると宣言しました。
そのカギとなるのが、発進・加減速・停止までの操作をアクセルの踏み加減だけで調節することができる「e-Pedal」という新技術です。すでにノートやセレナのEVモデルに採用され好評を博している「e-POWER」とともに、次世代生産者の主力に据えようとしています。また、ただやみくもに両技術採用EVを清算するだけではなく、EVに不可欠な急速充電基地の敷設増加など、関連企業とパートナーシップを結び連携することで、持続運用可能なインフラづくり推進のため、グループあげての組織改編に取り組んでいます。
まとめ~今後の自動車業界はどう再編すべきか~
自動車業界は誕生以降、数社の巨大企業グループによって独占されてきた、他に類を見ない完全な縦割り構造で成り立っており、頂点に君臨するトヨタやGMなど数社に過ぎないメーカーの影響力は凄まじく、世界経済を左右する存在になりました。
しかし現在、CO²を無尽蔵に排出してきた自動車産業は、環境汚染という深刻かつ早急に解決すべき問題に直面し、グループや業種の垣根を超えた再編を進める必要に迫られ、旧態依然とした数社による寡占状態から徐々に脱却を始めています。そんな中、自動車市場で近年存在感を増しているテスラのように、バッテリーやCPUなど二次的サプライヤーの開発力が、巨大完成車メーカーの経営方針に影響を与えるようになっています。
自動車業界が生き残り、成長を続けるには、従来の縦割り構造を根本から見直し、環境に配慮した部品を供給できるサプライヤーと対等な立場で連携を進めていけるよう、大きな再編を進めるべきなのかもしれません。